よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

家事嫌いな私も家事好きになれる

「家事が好き」と言うのは抵抗がある。

 

なんか専業主婦みたい。

 

なんか、女らしさをアピールしているみたい。

 

こう思ってしまう自分は、

 

まだまだ母の影響を受けてしまっているんだなあと思う。 

 

 

私の母は26歳で結婚、

 

当時でいうとかなり晩婚だったし

 

父は婿養子として母の家にきたし、

 

そして共働きだった。

 

今から見たら、別に特別なことではないけど、

 

当時はかなりめずらしい存在だったらしい。

 

雇用機械均等法より前に働き、

 

両親の介護もやりながら

 

共働き、キャリアウーマン、そして母。

 

私の母世代でこの生き方をする人は、

 

今の女性よりもずっと大変だったと思う。

 

一昔前の価値観を持ちつつも、

 

現代のキャリアウーマン、ワーキングママと同じ働き方をして、

 

そういう世代の人たちがこまめに露払いしてくれたからこそ

 

私たちは今当たり前のように

 

さまざまな権利を享受できているのだと思う。

 

 

 

母はよく

 

「女も働かないといけない」

 

「家事は雑でいい」

 

と言っていた。

 

 

 

 

テレビや雑誌で

 

「丁寧な暮らし」「手の込んだ趣味」なんかを見ると

 

母はいつも

 

「こんなの、時間に余裕がないと無理!」

 

と一蹴していた。

 

暇な専業主婦だからできるのだ、とでも

 

言わんばかりに。

 

私は母に好かれたくて、

 

本当は私だって、パン作りとか

 

丁寧な暮らしとかしてみたいのに

 

「そうだよ、あんなのできるわけないよ」

 

といつも同調していた。

 

子どものときから、そうだった。

 

 

私は知らず知らずのうちに、

 

「家事を雑にするのがいい女」

 

「仕事してるのがいい女で、

 

専業主婦はいけてない女」

 

という謎思考に染まることになる。

 

 

 

謎思考にとらわれた理由は、

 

母に好かれたかったから、ということと、

 

苦労してきた母の人生を肯定したいから

 

であったように思う。

 

 

 

母世代の人たちは

 

女性のパイオニアだと思っているし

 

心から尊敬している。

 

 

 

だから、「家事が楽しい」と

 

思うことも、言うことも、

 

なんだか少し罪悪感があるのだ。

 

 

 

母におそるおそる

 

「料理、私は嫌いじゃない」と言うと、

 

「えーすごいね!えらい!

 

お母さんは苦手だけどね~。

 

料理好きって、すごいね!」

 

と、あっさり返してくる。

 

 

 

 

今となっては、

 

私はやっぱり働く女性は素敵だと思うし

 

専業主婦とキャリアウーマンなら

 

キャリアウーマンの方がなりたいと思うし、

 

それがもはや

 

「私自身の判断」なのか、

 

昔に染み付いてしまった

 

「母にすかれたいから選んだ判断」なのか

 

見分けがつかなくなってしまった。

 

 

 

母は私がどんな生き方をしようと

 

きっと肯定してくれる。

 

例え専業主婦でも、

 

家事が好きでも、

 

丁寧な暮らしをしても。

 

 

適応障害になっても、

 

鬱になっても、

 

子どもがいてもいなくても

 

結婚してもしなくても。

 

レズビアンでも、そうでなくても。

 

 

 

消して母は、いわゆる毒親ではないけれど、

 

母の思考回路というのが

 

母自身、意図したこともしなかったことも

 

いかに子どもに影響を与えるのかということに

 

ひやっとすることがある。

 

 

 

 

もし母に肯定されなかったとしても

 

好きなように生きていいことも

 

大人になった今ならわかる。

 

 

 

 

 

 

だから、自分に素直になって言うけど、

 

私はわりと家事が好きだ。

 

皿がきれいになると嬉しいし

 

晴れた日に洗濯したら気持ちがいい。

 

何より、常日頃「生徒」という

 

コントロール不可能な生き物を相手にしているから、

 

洗えばキレイになる皿、

 

焼けば火のとおる肉、

 

スイッチおせば動く洗濯機、

 

掃除機かければきれいになる床、

 

これらは自分でコントロールできるものだから

 

やっていて気持ちがいい。

 

やったぶんだけ進む。

 

 

 

 

独身のときは、

 

布団なんか干さなかったし

 

シーツも月に一回洗うかどうかだったけど、

 

今はちゃんと週一回シーツは洗う。

 

 

 

ただ、疲れていたら洗わない。

 

眠れたら、それでオッケー。

 

あれ、書いてて思うけど、

 

これくらいではあんまり家事好きとは言えないのかな。。。

 

 

 

「家事」と「女性」を変につなげるから

 

おかしなことになるのだ。

 

 

 

家事好きなのに家事嫌いって言ってしまうのは、

 

「本当はサーフィン好きだけど

 

サーファーみたいに明るいタイプじゃないから

 

サーフィン好きって言えない」と似てると思う。

 

 

別に内向的でもサーフィン好きかもしれないし

 

もくもくと波乗りしてたっていいのに、

 

活動そのものと、活動してる人の属性を変に結びつけてこじらせてしまう。

 

 

 

 

 

今日は洗濯機を2回もまわして

 

とても気持ちよかった。

 

 

 

また、自分の思い込みから

 

1つずつ自由になれたらいいな。

 

 

悲しめたことにほっとする

流産の悲しみが、

 

実は産休で仕事が休めなくなった悲しみと

 

混同しているのではないかと自覚してから数日。

 

別に、混同していてもいいんじゃないかって結論になった。

 

 

子どもがほしくてほしくて治療している人、

 

ほしくないのにできてしまった人、

 

妊娠を望んだらすぐできた人。

 

日本で裕福な生活をしているのに、

 

妊娠できない人。  

 

貧困にあえぐ土地で、

 

10人近く子どもを産む人。

 

 

 

妊娠については、

 

理不尽で不思議でわからないことばかりだ。

 

 

 

もちろん、心から子どもがほしくて 

 

親になる覚悟もあって

 

環境もお金も準備していて

 

子育てがしたくてたまらない人が

 

子どもをもつのが理想だろう。

 

 

 

でも世の中ってそんなにきれいにできてない。

 

あと、最近不妊治療のコラムなどを見て思ったのだけど、

 

「子どもいる人がうらやましい」って言う人の想定している「子ども」って、

 

赤ちゃんから小学生くらいまでなんじゃないかな。

 

 

 

コンビニでタバコ吸ってる中学生とか見て

 

「あ~思春期で悩む子どもに寄り添いたい!」

 

とか思わないもんね。

 

 

 

 

学校にいれば

 

憎まれ口をたたき、

 

机を蹴りとばし、

 

自転車でお年寄りを威嚇する

 

思春期まっただなかの高校生と接することになる。

 

こどもって、

 

最初かわいくたって

 

その先どうなるかわからない。

 

もちろん、荒れた青春を過ごしたのちに

 

見違えるように人生が変わる人もいるし、

 

才能を開花させる人もいるし

 

大抵はいつかは普通の大人になってくれる。

 

 

 

そう思ったら、

 

子どもを迎える環境も

 

子どもを望む動機も

 

すべて素晴らしく完璧である必要って

 

ないんじゃないか。

 

 

 

 

あと、私は

 

「子どもがほしいのは仕事したくないから」

 

という思考回路から

 

どうしても後ろめたさがあったけど

 

「逆に、

 

もし子どもができなくても、

 

仕事が楽しめたら

 

そこそこ楽しく生きていけるかも?」

 

と考えることができた。

 

 

 

仕事が楽しいかどうかが、

 

私にとってとても大切なことだったんだと

 

気づくことができた。

 

 

そして、

 

「仕事が楽しくなるように

 

自分の行動や環境を変えることができて、

 

更に子どもにも恵まれたら

 

一番幸せだな。」

 

と、二兎を追いたい気持ちも出てきた。

 

 

 

手術後に初めて生理もきたし、

 

体も少しずつ戻ってきてる。

 

 

 

今日、なにも事情を知らない先生から

 

「おやすみ続いてたけど、

 

大丈夫でしたか?順調?」

 

と聞かれた。

 

少し迷って、

 

「あ、言えてなかったんですけど

 

流産しちゃって」

 

 

相手の先生が困らないように、

 

敢えて明るい笑顔で答えた。

 

「胃腸炎になっちゃって」って

 

いうくらいのノリで。

 

そういうところ、

 

相手にあわせすぎてるんだよな。

 

悲しい顔してたっていいのに、

 

自分の気持ちより相手の気まずさの方に

 

同情してしまう。

 

 

 

私の大好きなマンガ、東京タラレバ娘

 

「33最の独身アラサーのカオリが

 

元カレのセフレになったあげく、

 

妊娠疑惑が出てしまって

 

あれこれ考え悩みまくり、

 

セフレに子どもができたかもと報告するが

 

結局生理が遅れていただけということが発覚する。」

 

というシーンがある。

 

そのときの台詞で

 

独身アラサーのカオリは

 

「今、悲しいのかホッとしているのかわからない」

 

と泣き出してしまう。

 

「みっともない感情をコントロールするために

 

カオリは感情に保険をかけた。

 

ずっとそうやって生きてきた。

 

でもそんなことをしているうちに

 

自分の本当の感情がわからなくなってしまった。」

 

 

というナレーションが入る。

 

 

 

 

私も、自分の感情、人からどう思われるのかと

 

自意識をこねくりまわしたあげく、

 

自分が流産して悲しいのか、

 

もうすでに乗り越えているのか、

 

よくわからなくなっていた。

 

 

 

通勤の途中で、雨が降った。

 

雨の匂いをかぐと、また1つ季節がめぐってきたことを感じる。

 

期末試験も近い。

 

ああ、本当だったら、

 

一学期の期末試験が終わったら、

 

私、仕事から離れる予定だったんだ。

 

お腹の子どもは、何㎝になる予定だったんだろう?

 

ふとそう思ったとき、

 

泣くことはもうないけれど、

 

やっぱり、悲しいなって思った。

 

最後のエコーを思い出す。

 

手と、小さな小さな足のあった赤ちゃん。

 

季節がめぐって、予定日の秋になったら、

 

きっとまた思い出すだろう。

 

そして、

 

「ああ、ちゃんと私悲しかったんだな」

 

とおもえて少しほっとした。

 

 

 

最近は仕事も少し落ち着いている。

 

きっと、仕事が落ち着いたからこそ

 

赤ちゃんのことを純粋に悲しめたのかもしれない。

 

 また赤ちゃんに会えたらいいな。

 

 

 

 

不妊治療、適応障害、うつ、バーベキュー

大学の頃からの友人夫婦とバーベキューをした。

 

不妊治療中の友人夫婦、

 

夫がうつで療養中の夫婦、

 

そして私達夫婦。

 

 

大学のときには、こんなふうな私達になるとは、

 

誰も思っていなかっただろう。

 

 

みんなで火起こしをして、

 

みんなでご飯を食べて

 

なごやかに過ごした。

 

 

でも、全員が

 

誰も傷つけないように

 

とても注意深く話題を選んでいる。

 

誰も傷つかない、やさしい会話。

 

ああ、大人になったんだなあとふと思う。

 

昔からの友達と

 

自然の中でゆっくり過ごせて

 

本当に楽しかった。幸せだった。

 

 

 

学校にいると、生徒に不用意に傷つけられるから

 

良識のある大人だけの空間はとてもほっとする。

 

 

 

風も涼しくて

 

芝生もやわらかくて、

 

とてもとてもゆったりできて、

 

自分を偽らなくてもいい時間だった。

 

嬉しかった。

 

 

 

 

これから、もっと友達とバーベキューに行きたい。

 

キャンプ料理にも挑戦したい。

 

そう思うと、

 

やっと視点が未来に定まって

 

今後に希望がもてそうな気がした。

 

次のバーベキューも楽しみだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち直ると仕事しないといけないから立ち直りたくない

流産手術から約1ヶ月。 

 

体はもう元気すぎるくらい元気。

 

気持ちもまあまあ元気。

  

時々泣いたりするけど。

 

学校に戻ってから

 

先週末は仕事しまくって

 

うまく仕事回していこう!っていうやる気もあって、

 

まわりの同僚も「無理しないでね」と言いつつ

 

「まあなんか大丈夫そうかな?」

 

くらいに思ってきてると思う。  

 

だけどここに来て、日曜日の夜から突然

 

身体中のだるさとやる気のなさでつらくなってきた。

 

 

 

たぶん、私流産したことでずっと悲しんでいたいのだと思う。   

 

 

元気になったら、また仕事しないといけない。

 

妊娠していたときに配慮してもらったことも

 

全部これからやっていかないといけない。

 

 

 

なんで流産したの?

 

夏までだと思ってたのに。

 

お休みできると思ってたのに。

 

部活の顧問もほとんどしなくてよかったのに。

 

 

 

 

その思いがまだ整理できていなくて、

 

また今年一年卒業式まで働くことを思うと  

 

軽くめまいがする。

 

 

 

だから、流産にかこつけて

 

回復してるけど回復しないように

 

脳が体に命令しているんだと思う。

 

  

 

 

病気をしている人には、

 

「治ってほしくない」という感情がある人もいるという。

  

治ってしまうと、次の課題に向き合わないといけないから。

 

つわりで辛いときは、

 

授業が失敗しても、

 

「赤ちゃんがいちばんだから無理しない

 

だから授業準備も少してを抜かざるを得ない」と

 

言い訳することができた。

 

これからは、それができなくなる。

 

だから、私はいつまでも

 

「流産のショックから立ち直れない私」でいたいし

 

「流産のショックのせいで仕事がおぼつかない」

 

と思われたくて

 

「だから配慮してあげないといけない」と

 

思われていたい。

 

 

 

自分の能力がそのまま評価されてしまう

 

厳しい場所に戻らないといけない。

 

私の授業がおもしろくないことも

 

授業準備が遅いことも

 

生徒になめられることも

 

仕事を効率よくすすめられないことも

 

仕事の本質を見極められなくて

 

大事な部分でいつもミスしてしまうことも、

 

全部自分に理由があって

 

妊娠のせいにも流産のせいにもできなくて

 

私自身の課題として受け止めないといけない。

 

 

 

それが嫌で、いつまでも泣いているのかもしれない。

 

 

もしかしたら、赤ちゃんが死んだことは  

 

もう乗り越えてしまっているのかもしれない。

 

本当はただ仕事が嫌で駄々をこねているのかもしれない。

 

そう思うと、

 

自分はなんて薄情で

 

プライドにしばられた人間なのかと

 

とても悲しい。

 

 

 

仕事いきたくない。

 

授業したくない。

 

ずっと寝ていたい。

 

 

妊娠してよかったことは、未来しか考えないこと

もうすぐ仕事が始まる。

 

流産後の検診でも、異常なしのお墨付きをもらい

 

もういつからでも働ける体になってしまった。

 

 

つわりもない。

 

電車やバスで、吐き気に戸惑いながら

 

座席を探すこともない。

 

駅のホームで走るサラリーマンやおっさんに

 

ぶつかって転ばないよう、

 

赤ちゃんを守るためによける必要もない。

 

栄養のあるごはんを食べなくてもいい。

 

お酒を飲んでもいい。

 

走ってもいい。

 

自転車にのってもいい。

 

 

 

 

久しぶりに得た自由はさみしい。

 

 

 

妊娠してよかったことは、

 

未来のことだけ考えられたことだった。

 

 

 

私は常日頃、

 

特に一人になると

 

過去にやってしまった失敗や

 

言ってしまった余計な一言などを思い起こして

 

「わあーーー!!!」と叫んだり

 

「死ねばいい。。。」と独り言を言う癖がある。

 

いつも、気づけば過去に囚われている。

 

 

 

 

でも妊娠しているときは、全然違った。

 

体のことを毎日考えていたし、

 

赤ちゃんの大きさのことや

 

出産のこと、

 

保育園のこと、

 

毎日毎日、未来しか見てなかった。

 

過去の自分の失敗なんか、

 

考える余裕もなかった。

 

今、そして未来しか見えないことは

 

なんて気持ちのいいことだったのか。

 

 

 

この年齢になると、

 

世の中の一通りのことは体験してしまう。

 

でも、妊娠、出産は

 

完全に未知の世界で、

 

不安もあったけど、

 

本当に本当に新鮮で楽しかった。

 

 

 

世界が変わる。

 

 

妊娠が発覚してから

 

たった3週間ほどだったけど、

 

毎日毎日本当に楽しかった。

 

気持ち悪くても、

 

体がだるくても。

 

 

 

流産してから、

 

また私は、ふとしたときに

 

過去の失敗や恥ずかしかったことばかり思い出す人間に戻ってしまった。

 

 

ついこの間まで、

 

過去なんか見向きもしなかったのになあ。

 

 

 

また未来だけ考えられる日がくるといいな。

 

 

稽留流産⑤ 手術後の体調と気持ち

手術後は、つわりもなくなったこともあって

 

夫を百貨店やらエスニック料理に連れまわし

 

昼間はすっかり元気になったように見せかけ、  

 

夜になると「赤ちゃん帰ってくる?」と泣き出す

 

完全に情緒不安定の女になってしまった。

 

 

 

 

赤ちゃんが亡くなったことも辛かったんだけど、

 

「今年は産休に入る9月までしか仕事しなくていい」

 

「妊娠で部活顧問もほぼしなくていい」

 

という予定がすべて変わってしまったこと、

 

妊娠報告した人たちに、

 

流産報告をしなければならないことが

 

かなりしんどかった。

 

 

 

特に、仕事は

 

「この日まで頑張ればあとはおやすみ!」

 

とわくわくしていたこともあって、  

 

また体育祭やら文化祭やらの大嫌いな行事と

 

土日の部活指導の日々が始まるのか、と思うと

 

目の前が真っ暗になった。

 

こうやって書いていると、  

 

ほんとに部活のこと、嫌だったんだなー。  

 

 

あーあ。

 

 

 

 

やけくそみたいに外食していたからなのか、

 

術後3日目から謎の胃痛に襲われた。

 

朝、立ち上がると吐き気がする。

 

思わずゴミ箱に吐いてしまう。

 

胃が痛くて、吐いても吐いても

 

吐くものがなくなっても、

 

痛みが収まらない。

 

誰かが胃袋を握りつぶしているような痛み。

 

 

 

うなりながら寝ていると、

 

一時間後くらいにようやく収まる。

 

痛かった~、と、立ち上がってトイレに行き、

 

キッチンでお茶を飲んだら

 

すかさずまたあの胃痛が襲ってくる、

 

という繰り返しが丸二日間続いた。

 

 

 

手術の副作用?と思い、

 

吐きながら病院に聞いてみたところ、

 

「診察券の番号を教え下さい」

 

と言われ、リビングまで這いつくばりながら

 

財布をとりにいく。

 

それだけでも重労働だった。

 

結局、手術とは関係がない、胃腸炎かもと言われ、

 

原因はなぞのままだった。

 

でも、手術やらなんやらの中で

 

この胃痛が一番体がつらかった。

 

 内科の病院にいくためには、

 

起き上がらなければいけないんだけど、

 

体をタテにしたら吐き気がするし

 

座るだけでもアウトだし、

 

結局病院には行けずじまいだった。

 

ずっと横になっていたら自然と胃痛が消えていった。

 

 

 

夫は立てない私のために 

 

寝室にテレビを持ち込み、

 

夕食も布団の横で食べてくれた。

 

会社から何度も「体調大丈夫?」とラインしてくれた。

 

 

 

 

流産のことで単純に悲しめる私と違い、

 

夫は会社にいかなくてはならないし

 

情緒不安定な私がぶつけてくる不安にも

 

冷静に対処しないといけないし

 

家事もやらなければならなかった。

 

 

 

夫に、

 

「赤ちゃん死んで、泣いた?」

 

と尋ねたら、私の知らないところで

 

1人で泣いていたらしい。

 

感情をそれほど露にしない穏やかな性格なので、

 

泣いていたのは正直意外だった。

 

でも、夫も泣くくらい悲しかったことに

 

私は少しホッとした。

 

そして、夫は私の悲しみにいつでも寄り添ってくれて

 

私はずっとそれに甘えてばかりで

 

彼の悲しみを癒してあげられなかったことに

 

少し反省した。

 

 

 

手術後は、生理中のように出血が続く。  

 

子宮の内容物が全部出るまで

 

まだ少し時間がかかるようだ。  

 

 

 

次の妊娠は、生理を2、3回見送ってからにしましょうと言われた。

 

 

早く次の生理が来てほしい。

 

こんなに生理が来てほしいと思うのは初めてだ。

 

 

 

早く、赤ちゃんにまた会うために  

 

次に進みたい。

 

 

稽留流産④ 手術の日

絶飲食と言われていたので、

 

前日の夜から何も食べられないし飲めない。

 

まだ微妙につわりが残っていたため、

 

朝になにか食べないと気持ちが悪い。

 

早歩きすると吐き気がするので、

 

駅までゆっくり歩いた。

 

この日、少し悩んだけど

 

かばんにマタニティマークをつけていった。

 

ぎりぎり最後まで妊婦でいたかったし、

 

赤ちゃんがいる感覚を忘れたくなかったから。

 

 

家を出てから、病院の診察に入るまで

 

ずっと夫と手をつないでいた。

 

すれ違う人たちは私をチラチラ見たけど、

 

なんとも思わなかった。 

 

手術と全然関係のない話ばかりしていた。

 

 

 

 

 

手術の流れは、

 

①子宮口を広げるための処置

②三時間くらい子宮口が広がるまで待機 

 その間に着替え、点滴

③手術 

④麻酔が切れるまでベッドで休む

 

という感じ。

 

日帰り手術ですむとはいえ、

 

緊張や痛みや自分の気持ちの整理とか、

 

初めてのことばかりで既に疲れ気味だ。

 

しかも、昨日お医者さんに

 

全身麻酔の場合、

 

痛みがある人、手術を覚えている人が

 

3人に1人くらいの割合でいます。」

 

と説明されたことも、気疲れの原因だ。

 

手術のこと、覚えているなんて。。。

 

しかも痛みもあるかも、なんて。。。

 

地獄みたいだな。。。

 

しかも3人に1人って多くない?

 

 

 

そんなこと、ぐるぐる考えてると

 

受け付け番号のコールがなる。

 

診察室に夫と入り、またエコーを見る。

 

お医者さんと、赤ちゃんの心臓が動いていないことを確認する。

 

このときはもう泣かなかった。

 

その後に子宮口を広げるための処置をする。

 

スポンジをいれるんだけど

 

ネットでは「スポンジ入れるのが痛い」と書かれていて、

 

びびりながら処置を待つ。

 

 

お医者さんは、

 

「消毒するねー」と言って

 

ものすごく奥まで器具を入れてきて、

 

それがなかなか痛かった。

 

生理痛を狭い範囲にひとまとめして、

 

ピンポイントにぶつけられたような。

 

「うーうー」とうめいていると、

 

看護師さんたちがなぐさめてくれた。

 

結局、スポンジをいれた痛みなのか、

 

消毒の器具の痛みなのかもわからず、

 

「タンポン入れるねー」と言われて

 

診察は終わり。

 

 

もうそこで私はぐったり疲れてしまい、

 

手術だの点滴だの、

 

よくわからない初めてのことや 

 

これから待ち受けるなんやかんやが

 

急に怖くなってきた。

 

つわりがきつくなってくる。

 

 

 

診察室から出て、看護師さんが車イスで

 

手術までの待合室に連れていってくれる。

 

待合室は2つあって、

 

家族付き添いで待てる家族用と

 

手術室前にある、患者しか入れない患者用に

 

分かれている。

 

 

ギリギリまで夫と一緒にいたくて、

 

家族用の待合室に行きたいと看護師さんに伝える。

 

看護師さんはうなずいて、

 

「まずは着替えましょう。

 

手術室前のロッカーで着替えたら、

 

そのあと、家族用の待合室にいきましょう。」

 

と車イスを押してくれた。

 

 

 

広い廊下を抜け、一般の患者の入れない場所にくる。

 

怖くてどきどきしてくる。

 

エレベーターに、手術のストレッチャーが見える。

 

ゆれる点滴台のチューブを見ていると、  

 

だんだん手術が近づくことが怖くなってきて、

 

急に吐き気がしてきた。

 

「すみません、気持ち悪い。。。」

 

と言ってすぐ、車イスで運ばれている最中に、吐いてしまった。

 

ビニール袋をもらい、ものすごいえずき方をしてしまう。

 

何も食べてないものだから、 

 

吐けるものがなくて、えずきが止まらない。

 

変な蛍光塗料みたいな黄色い液体が出てきた。

 

体をうねらせて吐いてる私を見て、

 

看護師さんが急遽手術室前の患者用待合室に

 

私をつれていき、ベッドに寝かせた。

 

気持ち悪い、でも怖い、1人でいるのが怖い。

 

待合室のカーテンめくったら、

 

すぐ目の前に手術室前がある。怖い。

 

 

 

看護師さんは、私の戻したものの片付けをしながら、

 

「気持ち悪いよね?

 

旦那さんにもこの部屋で待ってもらうわ。」

 

と言って、本当は患者しか入れないところに

 

夫を通してくれた。

 

 

夫が来てくれてホッとする。

 

そこから、手術が始まる前までずっと夫と手をつないでいた。

 

夫が、新婚旅行は海鮮丼が食べられるところがいいと言っていたので、

 

二人で北海道のガイドブックを見ながら食べ物の話ばかりしていた。

 

私は手術も怖いし赤ちゃんのことも考えるのが怖くて

 

ソフトクリームとか、イクラ丼とかの写真で

 

おおげさに喜んだりしてみせた。

 

ときどき、近くの部屋から赤ちゃんの泣き声がする。

 

帝王切開とか、分娩も手術室と同じフロアらしい。

 

看護師さんは

 

「赤ちゃんの声、嫌だったら、場所変われますよ。」

 

と聞いてくれた。

 

私は、赤ちゃんの声は嫌じゃなかった。

 

私の赤ちゃんは、

 

私のお腹に帰ってきてくれたらまた会える。

 

お腹にきてくれなくても、私が死んだら会える。  

 

今泣いてる赤ちゃんも、

 

流産の恐れやら不妊治療やら、

 

それぞれの何かを乗り越えて

 

一生懸命誰かがお腹で育ててきたのだから

 

無事産まれてよかったなあと思う。

 

 

 

看護師さんが

 

「あと10分ほどで始まります。

 

ご主人は外でお待ちください。」

 

と呼びに来たので、夫と別々になる。

 

1人、ベッドに寝転びながら

 

もう赤ちゃんと一緒にいられるのは最後なんだと思うと

 

やっぱりまた泣いてしまった。

 

お腹をなでて、一生懸命話しかける。 

 

また帰ってきてね。  

 

また私を見つけに来てね。

 

会えるの楽しみにしているよ。  

 

ばいばい。

 

 

 

手術室に入ると、

 

ドラマで見たまんまの丸い大きな照明、

 

青い服のお医者さんと看護師さん、

 

ステンレスの器具やいろんな機械、手術台。 

 

このあたりでもうずいぶん緊張してしまった。  

 

お医者さんが、

 

「手術ギリギリまで麻酔は入れないから」

 

という。

 

まさか麻酔がきく前に痛いことされるんじゃ。。。と疑ってしまう。

 

ごめんね、お医者さん。

 

私は赤ちゃんと離ればなれになる悲しさや

 

初めての手術への恐怖で頭がいっぱいなのに、  

 

そこにいるスタッフの人たちは

 

慣れた手つきでエコーを見たり、

 

機械を操作したり、

 

日常の一部のように動いていて、

 

私1人だけこの空間でおどおどしていて

 

それがまたさみしかった。

 

 

 

いつもの検診のような足の開く椅子にのせられ、

 

腕も両足も固定される。

 

 

 

ああ、最後にお腹をなでて、

 

挨拶すればよかったなあ。

 

でも、さっきしたから大丈夫かな。  

 

聞こえてたかな。

 

 

 

そう思うとやっぱり涙がこぼれてきて、

 

それに気づいたのか気づいてないのか

 

マスクをつけた若い女性の看護師さんが

 

手を握りながら麻酔の説明をしてくれた。 

 

「体は苦しくないですか?

 

最初にボーッとするお薬が点滴から入ります。

 

その後に麻酔が入りますからね。」

 

ちょっとだけ気持ちが楽になる。

 

 

 

「今からボーッとするお薬入ります。」

 

視界がぼんやりしてきて、

 

手術室の天井が近くなったように見える。

 

でもまだ全然眠たくない。

 

「今から麻酔が4cc入ります。

 

1、2、3、4、入りました。」

 

それを聞いても、全然まだ眠くない。

 

ホントに眠れるのかな?

 

と、まばたきをした瞬間、記憶がストンと途切れた。

 

本当に、急にブチッとちぎられるみたいに

 

「眠い」とか「視界が歪む」とか

 

なんの前兆もなかった。

 

 

 

 

「終わりましたよ~。」

 

先生の声がする。

 

「手術のこと覚えていますか?」

 

覚えてない、何にも。

 

でも全然しゃべれなくて、首を横にぐらぐら動かして

 

「いいえ」の返事をした。

 

ドラマでやってるのと全く同じように

 

看護師さんたちが手術台からストレッチャーに

 

「1、2、3!!」の掛け声で私を移動させた。

 

うわードラマと一緒なんだなー

 

ドラマってやっぱり、取材してるんだなー

 

と思ったりして、体は動かせないけど

 

頭の動きは割りとはっきりした。

 

 

 

最初の患者専用の待合室に戻る。

 

「旦那さん、来ますからね~」と言われ、

 

夫が横に来てくれる。

 

目も開けられないし、体も動かない。

 

でも、夫の名前を何度も呼んでいると、

 

「ちゃんといるよ。」と手を握ってくれた。

 

 

 

 

そのあと、三時間くらいだらだら寝たり話したりして

 

時々吐いて、四時ごろタクシーで家に帰った。

 

頭がぐらぐらして、椅子に座るのもやっとだった。

 

麻酔で気持ち悪くて

 

この日は帰宅してからずっとずっと眠っていた。

 

隣の布団で夫も一緒に昼寝していた。

 

時々目が覚めると横に寝ている夫が見えて、

 

こういうときに1人出掛けたり、

 

リビングにいってしまうのではなく、

 

一緒に昼寝してくれていたのが嬉しかった。

 

日帰り手術だったけど、

 

ものすごい体力を消耗したように思う。

 

 

 

夜中に目が覚めると、

 

夫は隣でケータイでゲームをしていた。

 

 

私も突然吐いたり泣き出したりしたし、

 

手術の付き添いはとても大変だったみたいで

 

夫は夫でずいぶん疲れていた。

 

 

 

麻酔のことや、手術のこと、

 

初めて見たことや病院のおもしろかったことなんかを

 

二人で話していた。

 

ふと、ああ、もうお腹にいないのかと思うと

 

何とも言えない気持ちになった。

 

「赤ちゃんいなくなっちゃった」と泣くと、

 

いつものように抱きしめてくれて、

 

「また帰ってくるよ」と言ってくれた。

 

 

 

 

 

そして次の日の朝起きると、

 

嘘みたいにつわりがなくなった。

 

スッキリした朝を迎えるのは久しぶりで

 

とても気持ちよかったけれど、

 

とてもさみしかった。