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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

ちょっとだけうまくいった日

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職2年目が始まりました。

 

 

今週は、本当にいろんなことがありました。

 

ありすぎて、まだ水曜日だなんて信じられません。

 

 

まず、とある生徒に本気でキレました。

 

 

提出物も出さず、かと思えば、反省文では思ってもいないようなおりこうな内容を書き、

「どうせこう言っておいたら、こう書いておいたら、こいつは騙せるだろう」

という魂胆丸見えの内容でした。

 

 

これまで、何度も何度もそのことについて話し合い、何度も約束し、その度に裏切られて来ました。

 

 

 

そして、運命の金曜日。

 

 

私の授業にどうどうと遅刻し、無言で教室に入って来ました。

 

 

すみませんも言わず。

 

 

 

怒りで手が震えて、授業どころではありませんでした。

 

 

ぶるぶる震える私を見て、その生徒はハッとした顔をしました。

 

 

本気で怒っていることがわかったのでしょう。

 

 

授業では、その子をたくさんあてました。

 

その子は、私の怒りを肌で感じているようでいつもよりハキハキと答えていました。

 

なんとか必死の思いで50分がすぎたあと、別室に呼び出しました。

 

 

 

これまで私が感じたつらい気持ち、怒りを全てぶちまけました。

 

 

あんなに、人に対して怒ったのは初めてでした。

 

 

約束をしてもしても破られるつらさ、

信頼しようと頑張っているのに裏切られるつらさ、

バカにされてる、舐められてるとわかっていながらも、信じようと何度も思って、

それでもことごとくウソをつかれることへの怒りを、

機関銃で木をなぎ倒すように喋り続けました。

 

 

いったん話し出すと止まらなくて、手がわなわな震えました。

 

 

同じことを何回も言いました。

 

 

 

怒るときは、ポイントをしぼって、体罰にならないように、相手が言い訳できる隙も与えて怒る。

 

 

それが子どもを怒る時のセオリーらしいですが、

 

もうそんなこと考えていられませんでした。

 

 

親からクレームが来ようが、不登校になろうが、トラウマになろうが、知ったものかと思いました。

 

 

なんでお前のためにわたしが苦しまなければならない。

 

どうしてお前の提出物が出ないことで、まわりの教員に責められなければならない。

 

どうしてお前のことで、土日も電話を家にかけないといけない。

 

 

どうしてお前のことで、私の大切な休日をお前のことに対する怒りで無駄に過ごさなければならない。

 

 

そんな気持ちが一気に膨れ上がって、何度も何度も机を叩きました。

 

 

生徒のノートも投げつけました。

 

 

20分くらい叫んで、もうそろそろやめなければいけない、でも止まらない。

 

「もういい。帰れ」

と言うのが精一杯でした。

 

 

おかげさまで?月曜日から、その生徒の忘れ物が減りました。

 

まだちょこちょこ忘れてるけど。

 

 

でも、本人が少し頑張ろうとしている姿が見えました。

 

 

それも、たぶん1週間も続かないでしょう。

 

 

こうやって、騙されてあげて、裏切られてあげて、信じてあげて、それが教員の仕事なんだろうなと思いました。

 

 

 

気持ちが大きく振り子のように、苦しみとやりがいと喜びと怒りの間で揺れる。

 

 

このせいで、生理が止まりました。

 

 

やれやれです。

 

 

今週、本当に頑張りました。私。

 

 

子どもってね、生徒ってね、先生に褒めてもらえるけど

 

先生は誰からも褒められない。

 

誰かに褒めてほしい。

 

 

よく叱ったね、よくぶつかったね、って言われたい。

 

 

だから、年輩の男性教員と女性教員にこのことについてたくさん話しました。

 

「よく叱った!!えらい!

怒るのって、エネルギーいるもんね!」

 

と褒めてもらいました。

 

 

私。頑張った!

 

 

この件で、3歳くらい老けました。

 

 

目のクマがなおりま

 

うまくいかない

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職2年目が始まりました。

 

 

 

今日、部活の生徒が退部しました。

 

うまくいっていると思っていたのに。

 

部活の運営は、なんて難しいんだろう。

 

それでも、土日働いても、時給700円くらいしかもらえない。

 

朝の6時の電車に乗って、夕方の7時に家に着いても、何も報われない。

 

 

頑張ろうとしたときに、なんでいちいちから回るんだろう。

 

 

なんで、走り出せると思ったときに限って、足元を邪魔するできごとが起こるんだろう。

 

 

なんで気分良く働かせてもらえないんだろう。

 

 

早く部活が学校業務から切り離されますように。

 

生徒も教員も部活から解放されますように。

いいわけの美学

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職2年目が始まりました。

 

 

今日は前進の日でした。

 

 

大嫌いだったクラブ顧問の仕事、ほんの少し好きになりました。

 

 

廃部寸前で、このまま廃部になればいいやと思っていましたが、部員が入りました。

 

 

そのときの、上級生の嬉しそうな顔。

 

 

自分たちは、何としてでも試合で頑張るんだという気持ちが伝わって来ました。

 

 

私も、まめな連絡とまめに練習を見に行ったりと、そこそこ時間をかけてきました。

 

 

そしたら、少しだけ部員が私を見る目が変わりました。

 

 

こいつ、競技のことはわかってないけど、それなりに応援してくれるやつだな、という顔をしていました。

 

 

最初の小さな信頼関係が結べたら、後はきっと大丈夫。

 

 

私の中で、決めていること。

生徒に対して、自信がなかったり、指導できないことが出てきた時にどうするか。

 

 

まず、いいわけしたくなったら、先に謝ること。  

 

わからなければ、最速で今できる確かなことだけを約束すること。

 

今考えてもしょうがないことは、グダグダこちらも相談しないこと。

 

あいまいな約束は絶対にしないこと。

 

 

とにかく小さな約束を守って、それを果たす。

 

 

そのループを繰り返せば、うまくいきそうだということがわかってきました。

 

 

うん、今日は頑張った。私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手当たり次第に相談する

よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜
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2017-04-11
どうしたら楽しくできるか
よい子、復職する 嬉しい気づき 6万回の思考を楽しく
編集


こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職2年目が始まりました。

 

 

4月が始まり、授業も、部活も、分掌も、ものすごい勢いで仕事が回転していきます。

 

 

仕事に追い越されるのを水際で阻止して、なんとか期日までに物事を終えていく。。。

 

 

非常に疲れるし、しんどい。

 

 

でも、まだ一応、仕事の先取りができている状態。

 

 

これが、いつもいつも自転車操業で仕事に追い越され気味になってくると、一気にものごとが不利になる。

 

 

何度も経験しているから知ってる。

 

 

仕事は先取りできるときにしないと、一旦うまく行かなくなると1つのことがてきない、次の日には2つのことができない、次の日には4つのことがてきない。。。。と、二乗のスピードで仕事に置いて行かれる。

 

 

何度も経験してきた。

 

 

 

今日は、そのギリギリのところだった。

 

 

部活の試合の日程、申し込みが間に合わないかもしれなかったのだ。

 

 

もう部活組織なんてよくわからないし、知らない学校の知らない顧問に突然電話して、たくさん教えてもらった。

 

 

「すみません、初めて顧問をするので、わからないのです。教えてください。」

 

 

 

これを言うと、心がすっきりした。

 

 

 

あと、同じ学年の先生にも聞いた。

 

 

「私、体育会系じゃないのに、部活の顧問なんです。どうしたら部活をうまく運営できるんでしょうか。」

 

 

 

「こんなこと言ったら仕事できないやつと思われるかな」とか、

 

「こんな些細なこと、自分で考えろって言われるかな」とか、

 

 

結局グズグズしてわからなかったことをたくさん今日はいろんな人に聞いて回った。

 

 

 

プライド捨てるって、すごいな。

 

 

「教えてくれてありがとうございます。」

 

「悩みを聞いてくれてありがとうございます。頼りにしてます。」

 

 

 

そう伝えるだけで、相手はきちんと相談に乗ってくれる。

見守ってくれる。

 

 

これからも、どんどんプライドをなくして、相談していこう。

 

 

 

 

昨年の経験を経て、私はちゃんと成長してる。

 

 

1人でできることはあまり増えてないけど、「人に頼る」と決断するのが速くなった。

 

そして、頼ることを恥ずかしいと思わなくなった。

 

 

生徒との距離感も、「弟、妹作戦」を使って工夫できるようになった。

 

 

そして今日、とてもいいことがあった。

 

昨年ケンカして、私が1番苦手だった生徒が授業のクラスにいた。

 

年度始めにらいつもやる授業アンケートを取ったら、そこには

 

「1年間よろしくお願いします」

 

と書いてあった。

 

 

 

授業中、あててもきちんと答えてくれた。

 

 

 

そうか。

 

 

生徒って、変わるのか。

 

 

信じていたら、変わることもあるのか。

 

 

信じてもいいのか。

 

 

 

今年は手応えがある。

 

今までなかった手応えがある。

 

この学校で、今年はがんばれそうだ。

 

 

どうしたら楽しくできるか

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職2年目が始まりました。

 

 

副担任で入るクラスの担任がとても素敵な女性で、毎日嬉しいです。

 

 

いよいよ授業が始まって、緊張で吐きそうです。

 

足が震えます。

 

 

でも、今日はいいことを思いつきました。

 

 

生徒がみんな、私の妹と弟と思うことにしたのです。

 

 

遅刻指導も、授業準備も、部活指導も、妹や弟と思えば、少しは緊張がとけそうな気がします。

 

 

相手が生徒であり、私が教員である以上、私が立場が上ですし、向こうが約束を破ったりしたら、注意したり怒ったりしなければなりません。

 

 

これが同じ大人同士なら、相手に対して憎む時間も惜しいので完全に存在を最小限まで無視したり、上辺だけの付き合いで済むのですが、生徒だとそうはいきません。

 

 

 

それが私を苦しめるのです。

 

 

 

生徒に対して、どんなスタンスでいればいいのかわからない。

 

 

今日は考えに考えて、相手を妹、弟と思うことにしました。

 

 

そしたら、子どもっぽい振る舞いや言葉遣いや未熟な部分をうまく許せて、自分のストレスのやりどころも、上手に決められる気がします。

 

 

 

きっと私は相手が未熟なのが許せない人間なんだと思います。

 

 

自分が人生で人一倍気を遣って生きてきて、よい子として過ごしてきたのに、巷ではわがままで気も遣わないで偉そうで失礼で思慮に欠ける人間がのうのうと生きて、そんな人が人気を集め、実力者になり、結局は好かれる人間になっていることが許せないのです。

 

 

でも、そんな思想を生徒に求めたところでどうなるものでもありません。

 

 

だから、妹、弟にするのです。

 

だったら、かわいがる気持ちも起きますし、相手のことを思って怒るという高度な技も、違和感なく使えそうです。

 

 

幸い、私には妹も弟もいません。

 

 

わりきって、擬似家族を楽しもうと思います。

 

 

緊張をほどいてくれる人

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職2年目が始まりました。

 

 

保護者への連絡、教員への連絡、会議の資料作り、教員への根回し、部活の付き添い、そして授業の準備。。。。

 

 

気づかないうちに、ものすごく緊張していたようです。

 

ちゃんとやらなきゃ、舐められないようにしなきゃ。。。と。

 

そして、とある生徒の遅刻に対してものすごく厳しいペナルティーを与えようとしていたとき、ベテランの男性教員に言われました。

 

 

「厳しさはもちろん必要だよ。

でも、1番は生徒が楽しく学校に来ることだ。

 

厳しく指導して、本人は少し頑張ろうとしているんだろう?

 

だったら、遅刻をしていたとしても、猶予期間として今は応援してあげたらいいんじゃないか?

 

だって、俺だって同じこと言われても3日で忘れるし、厳しいことから逃げたくなるもん!

 

それは先生だって、同じだからさ。

 

その遅刻する子はね、もっと喋りたいって言ってたよ。

 

人見知りだから伝わりにくいけど、本当は自分の気持ちを言いたいし、誰かともっと話したい。

 

だから、あなたがまずは1番の話し相手になってあげたらいいんだよ。」

 

 

それを聞いて、肩の荷が下りた。

 

そうか。

 

遅刻指導、失敗してもいいのか。

 

試行錯誤で、やればいいのか。

 

4月からいきなり完璧じゃなくてもいいのか。

 

 

彼はそのまま続けて言った。

 

「でもさあ、押しても引いても、本当にな、生徒ってうまくいかないんだよ。

 

あはは。

 

でもな、それがおもしろいんだよなあ。

 

でもうまくいかないんだよなあ。

 

あはは。」

 

 

すごいなあ。

 

生徒とうまくいかないことも、おもしろいって言えること、そして、それでも、うまくいかないんだって言えること。

 

 

清濁併せ呑んでこれまでやってきた姿勢がわかる。

 

 

彼は、誰かの悪口を言わない。

 

もちろん、あの教員は困った奴だ、とかは言うけど、影で陰湿なことは言わない。

 

 

すごいなあ。

 

 

自分と正反対の人。

 

 

今日、その人と話せてよかった。

 

彼氏の信仰

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職して丸一年がたちました。

 

 

本来なら、復職1年祝いをしたいところですが、それどころではないことが起きました。

 

 

お付き合いしている彼氏が、学会員でした。

 

 

友達に相談しようと思ったけれど、自分で一度じっくり考えたい、でも、誰かにこの思考の過程を見守ってもらいたい、そんな揺れる思いの中、この話を書こうと決めました。

 

 

幸い私は

 

「宗教=気持ち悪い」

 

の思考の持ち主ではありません。

 

もちろん、日本ではこう考える人がいても、何もおかしくないですけれど。

 

 

私は大学のときに、いろんなルーツの人たちに出会いました。

 

留学生もたくさんいて、キリスト教徒も、イスラム教徒も、ユダヤ教徒もいました。

 

日本人のプロテスタントの方や、学生で改宗した人とも友だちでした。お寺の家の人もいました。

 

 

創価学会の人と会うのは初めてです。不思議なことに。きっと身の回りに実はいたんでしょうね。

 

 

まあいろんな人たちと友だちだったおかげで、

「宗教=気持ち悪いのは、それについてよく知らないから」

ということだと思っています。

 

信仰心の厚い人もいればそうでない人もいることや、無神論者でもいい人もいれば悪い人もいる、という当たり前のことを、自分なりに肌感覚でわかっているつもりです。

 

 

論理的な宗教なんてない。

 

不合理な世の中に、なんとか答えを求めているものなのだから、理路整然として納得いくものではないのは当たり前だと思ってます。

 

 

 

まあ、彼がバリバリの学会員だと少し不安もありますが。。。

 

 

やっぱり、ネットでも新聞の勧誘や選挙の誘いなど、ネガティヴな話が多いですしね。

 

 

宗教=気持ち悪い

 

とは、単純には思いませんが、気になることはいくつかあります。

 

それは、私がまた、適応障害になったとき、

「それは信心が足りないからだよ」

とか、

「もっとお祈りを頑張らないと」と言われないかということです。

 

 

 

私がつらいときには、寄り添って欲しい。

頑張ったね、大変だったね、って、そばにいてほしい。

 

 

前に結婚を考えていた元彼は、私が適応障害になったとき

「(教師は)自分で選んだ道だろう。もっとがんばれよ」と言った。

 

あの時のガッカリした気持ちは忘れられない。

 

正しいことを言うけど、この人は、私が苦しいときに必ず味方になってくれるわけじゃないんだな、と、スーッと気持ちが冷えていったのを覚えている。

 

 

 

もし、私の大好きな母が死んで、

「信心が足りないから地獄にいく」

と言われたら、それこそ立ち直れないかもしれない。

 

 

そして、1番情けないことだけど、

彼を逃したら、もう私を好きでいてくれる人には出会えないかもしれないと思っていること。

 

子どもがいて、優しい旦那さんのいる同世代の友だちや、親戚の人たちに、また劣等感をもつ日々になること。

 

未婚の友人に対して、どこか、「私の方が先に進んでいるから」と上から目線になっていた情けなさ。

 

あの人、彼氏できたけど、創価の人らしいよ、失敗してるよね、と言われることへの恐れ。

 

 

そんなことが、彼との別れを足止めする。書き並べると、自意識の大きさにびっくり。

 

誰かと比べずにはおれない自分と、羨ましいと思われたい欲と、適応障害という過去の出来事を隠す自分が幸せな結婚をしてどんでん返しするところを職場の人に見せつけたかった欲と、本当に欲にまみれている。

 

 

私はもう学会と言わず、原始仏教に帰依したほうがいいのてはないか。

 

 

彼のことは好きだ。

 

 

でも、その好きは、

「メンタル弱くて仕事できないプライドの高い女が、幸せな結婚をした」というストーリーを描くために、自分で言い聞かせている「好き」かもしれない。

 

 

 

 

難しいなあ。

 

 

とりあえず、今は、創価学会に必要以上に振り回されず、彼自身のことをもう少しゆっくり時間をかけて見つめていこうと思う。

 

 

そして、彼ともっと学会員であることに対して、もっと色々聞いてみようと思う。

 

仕事で悩んでいるときには、信心とかを持ち出すのではなく、ただ味方でいてほしい、ということも伝えようと思う。

 

 

 

もうすぐ新学期。

 

 

何回か、体調を崩すだろう。

 

 

そのときに彼がどう出るか、それを見極めてからでも遅くないのかもしれない。