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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

ばかにされた日

今日のよい子

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

この間、友だちと会話する中で、ちょっといじられることがありました。

 

 

私はスポーツが大の苦手なのですが、たまたま一緒に友だちとフットサルをする機会がありました。

メンバーが足りないから、出て欲しい、と。

 

 

案の定、体を動かすのが大嫌いな私はチームの足を引っ張るだけの存在になり、友だちと楽しく遊んでいるはずなのに、なんだかものすごく居心地の悪い時間になりました。

 

 

そんなとき、

「足の動きがさあ、独特だよね!」

と友人に笑われました。

 

 

 

その子は、たぶん何も考えなしに軽い気持ちでそう言ったんだと思う。

 

 

でも、私はすごく傷ついた。

 

 

あなたは運動が得意なんだろうけど、私にはそんなことできない。

あなたは、下手な人をただおもしろがってからかっているつもりなんだろうけど、私はすごく居づらい空気で辛かった。

あなたにまで、なんでそんなこと言われないといけないの?

 

 

本当は言い返してやりたかったけど、できなかった。

 

 

私があまりにも怒って帰り道に口をきかなかったので、友だちは少し不安になったのか、私に気遣うように話しかけてきた。

 

 

でも、きっと私が何に怒っているかなんて、気づかないしわからないだろう。

 

 

それから、その子とは話していない。

 

 

こういうとき、なんて自分は小さい人間なんだろうって思う。

 

なんて無駄にプライドだけ高いんだろうって思う。

 

 

下手くそなら、下手くそなりに頑張って、下手だねって言われても、

そうなんだよ、えへへって恥ずかしながら笑えばいいだけなのに。

 

 

なんでだろう。

 

なんで私はばかにされたり、いじられるのが嫌なんだろう。

 

 

うまく笑って流せない。

 

 

自分の欠点は、指摘されても怒らずに笑って流すとうまくいくって、本に書いてあった。 

 

 

私は、自分にも人にも許せないことがたくさんあるんだと思う。

 

 

 

例えば、最後まで話を聞かれないとか、話を遮られるとか、無視されるとか、大勢の前でばかにされるとか、話が面白くないって言われるとか、

 

そういうことをされるのがすごく苦手。

 

すごく怒りたい気持ちになる。

 

 

でも、世の中にはそうされても全然意に介さない人もいる。    

 

 

私という存在を軽んじられることが許せない。

 

 

ただ、運動できないことをからかわれただけなのに、なんでこんなにムキになるんだろう。

 

 

もう30歳なのに、ずっと思春期の中学生みたいだ。

 

 

 

自分が多数派になれる場所

今日のよい子 働くことについて

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

 

 

自分の居心地のいい場所と、悪い場所というのがあります。

 

 

私にとって居心地がいい場所は、自分の複雑な心情を言葉で表現しても、誰も特に文句を言ったりしないところ。

 

 

例えば、飲み会で無理やり盛り上がらないといけない空気とかは大嫌いです。

 

 

 

つきつめていくと、自分とは違うルールを持つ人たちの中に無理やり閉じ込められるのが嫌です。

 

 

考え方が違うだけならいいけど、それに合わせないといけないというのが嫌です。

 

 

基本的に、いろんなタイプのいろんな人がいていい、というコンセンサスのない場所が嫌いです。

 

 

 

自分が気持ちよく仕事をしたり、遊んだりするためには、自分が多数派であるコミュニティにいるとらくちんです。

 

 

 

例えば、同性愛者なら、そういう人たちがいると理解のあるコミュニティで活動するのが楽です。

 

クリスチャンなら、クリスチャンのグループで遊ぶ方が楽です。

 

 

そうでなくても、世の中にはいろんな人がいる、という考え方をしている人たちの中にいるのが楽です。

 

 

それに気づいてからは、自分が属する場所、付き合う人たちは、自分である程度選んでいかないといけないのだと思います。

 

 

自分が居心地のいい場所って、どんなところだろう。

 

もっと、言語化できるようになりたい。

 

そしたら、もう少し自分の適した場所を探せる気がする。

 

戦場のような教室と、静かで落ち着いた教室がある不思議

6万回の思考を楽しく 今日のよい子 働くことについて

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

 

今日は朝から大変だった。

 

朝礼の時間に、教員と生徒がものすごい言い合いを始めたのだ。

 

ピアスをつけてはいけないという注意を教員がしたのをきっかけに、お互いカッとなって激しい言い合いになった。

 

 

教室は静まり返って、ものすごい空気になった。

 

 

 

副担任で朝礼に顔だけ出している私も教室にいたけれど、体が震えた。

 

 

こういう場面が苦手な私は、すぐに心を閉ざしてしまう。

 

そして、一生懸命6万回のうちの1のいいことを考えようとした。

 

 

朝礼が終わってすぐに廊下に飛び出した。

 

注意された生徒が、担任に聞こえよがしに悪態ついたり友人に大声で愚痴るのを聞くのも嫌で、

担任がイライラしている顔を見るのも嫌で、

すぐにその場から離れた。

 

 

 

廊下には、隣のクラスの生徒が教室移動で家庭科室に行くところだった。

 

みんな、調理実習の準備をしてわいわい楽しそうに階段を降りて行く。

 

 

 

不思議なものだ。

 

 

ある教室は、心が冷え切るような空気になっているのに、

 

扉の厚さ1センチの向こうには、笑顔で歩く生徒たちののんびりした空気がらただよっている。

 

 

 

 

扉一枚隔てただけで、どうしてこんなに違うのだろう。

 

当たり前といえば当たり前だけど、私にはとても不思議だ。

 

 

同じ時間を生きているのに、お互い全く違う空間で全く違う体験をしている。

 

 

まるで、紛争で苦しむ遠くの国と、日本のように豊かで平和な国みたいに。

 

 

そして、こんなに私にとって苦しいこの学校も、外から見たら、行儀のいい、授業を淡々と行う、普通の高校に見えるんだろう。

 

 

なんて不思議なんだろう。

 

 

 

病休で実家に帰ったときもそうだった。

 

 

今頃、あの教室であの生徒は暴れているだろう。

今頃、英語の時間でまたあの生徒は廊下へ抜け出してエスケープしているだろう。

みんな、先生たちは大変だろう。

 

 

でも不思議だ。

 

私は同じ時間を生きているのに、実家にいるから全然苦しくない。

 

 

きっと、そんなこといっぱいあるんだろうな。

 

 

その場所にいたらそれが全てになるから見えないけれど、

一歩遠くに行くだけで、見える景色が全然違うってこと。

 

 

そうやって、とりあえずネガティヴじゃないことを考えていると、6万回のうち半分くらいはのんびり構えることができた。

 

 

この6万回方式は、今のところ私にとって合っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6万分の5万1回の幸せ

6万回の思考を楽しく 今日のよい子

こんにちは。せかい工房です。

 

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

毎日、よかったことを備忘録としてここに書いていこうと思います。

 

 

・信頼できる先輩教員とご飯を食べにいくことができた。「人に強く言えない」という同じ悩みを抱えていて、それでもその人はだいぶ図太くなれたと言う。見習いたい。

 

・大学の時、図書館で毎日のように見ていた建築図鑑を買った。2万円!

重たい猫くらい重い本で、家まで運ぶだけで腱鞘炎になりそう。

 

 

・読みたいエッセイを本屋でバカみたいに読みふけることができた。星野源とシルバー川柳の本でゲラゲラ笑いそうになった。

読書、最高。すごく幸せ。

 

 

・大好きなタイ料理屋に行ってご飯を食べた。私の行きつけ。いつも1人で行くことが多い。おいしいものを食べるって、幸せ。

 

 

・新しい布団を買った。もうクタクタのマットレスを捨てよう。最近、マットレスがへたるせいで体が痛い。家に届いたら、早く使いたいな。

 

 

 

今日は5つの大きな幸せがあった。

 

たぶん、この5つは細分化するとそれぞれにつき1万個ずつくらい嬉しいこと考えてるはずだから、今日は5万回いいことを考えたと思っておこう。

 

 

 

あ、あと、今日は休んでよかった!

 

有給休暇使ってよかった!!!!

 

5万1回、楽しいこと考えました。

 

 

 

 

人は1日6万回考えて、そのうちの95%は昨日と同じことを考えていて、そのうちの80%はネガティヴなことである。

今日のよい子 働くことについて 6万回の思考を楽しく

こんにちは。せかい工房です。

 

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

今日は有給休暇です。

 

最高の1日でした。

 

本屋に行って、仕事と全然関係ない、読みやすいエッセイばっっっかり読んできました。

 

「めんどくさいがなくなる本」

 

という本を読んだのですが、

ブログのタイトルにあるのはその本の中に出てきた言葉です。

 

正確にこうだったかは忘れちゃったな。

 

 

まあ、とりあえずそれを読んで大笑いしてしまいました。

 

 

昨日、私は、想像力が脳を殺すと書いた。

 

嫌なことを考えたり、予想したり、不安になったりするだけで、脳はカロリーを使い、心と体は蝕まれていく。

 

 

たぶん、日曜日の夕方4時の私とフルマラソン走ったあとの私では、後者の方が圧倒的に元気だろう。

 

 

 

そうやって、心も体もぼろぼろになるくらい悩んできた私。

 

 

しかし、そのうちの95%が昨日とかおとといとかに考えてたことと同じで、そのうちの80%がネガティヴ。

 

 

おいおい。

 

私、本当に進歩してないな。

 

こんなに日々悩んで、立ち上がろうとしたり、試行錯誤してるのに、それ昨日もおとといも一年前も2年前にも考えてたことだったんか!

 

 

確かに、人間関係でいうと、人に気を使いすぎて言いたいことが言えない、もしくは自分がそもそも何を言いたいのか、主張したい中身もわからない、ということについては、小学校6年生から毎日考えてきたことだ。

 

 

 

そっかあ。

 

 

1日6万回も考えるのに。

 

 

そのうち、ほとんどは自分を苦しめる想像しかしてないのか。

 

 

かわいそうな私。

 

 

そこで私は思った。

 

 

せめて、6万回考えるうちの、半分は嬉しいことや、楽しいこと、驚いたこと、自分の好きなことを考えたい。

 

 

言い換えれば、嫌だと思うことも、考え方を変えて、どうしたら楽しめるのかと思考転換して6万回の「いいこと」に変えたい。

 

 

 

変えたい。

 

 

明日の嫌なことを、ちょっとでも、いいことに思考転換できたらいいな。

 

 

できたらいいな。

 

 

 

これまで、このブログにはドロドロした気持ちだけを書いてきた。

 

 

誰にも言えないような、汚い感情もいっぱい書いた。

 

 

前向きなこと言う奴なんて、嫌いだった。

 

 

たぶん、これからもそう思うだろう。

 

 

でも、前向きなやつをどれだけ嫌ったところで、私の人生が楽しくなるわけでもない。

 

 

だから、ブログには、自分が嬉しかったことや、いいなと思った気づきも少しずつ書いていこうと思う。

 

 

嫌なことや嫌いなものばかり書いて、読者の人に共感してもらって甘えてきたけれど、そろそろ立ち上がらなければ。

 

 

 

6万回のうち、まずは1万回は楽しいこと考えよう。

 

 

ブログのカテゴリーに、「6万回の思考を楽しく」を追加した。

 

 

6万回、楽しいことを考えられるように。

 

 

 

でも、最初はうまくいかないからきっと行きつ戻りつして、ぼろぼろになると思う。

 

 

みなさん、応援してください。

 

 

 

今日の6万回のうちの1回は、

 

「今日休んで本当によかった!!!」

 

でした。今日の6万回の殿堂入り。

 

想像力が脳を殺す

今日のよい子 働くことについて

こんにちは。せかい工房です。

 

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

明日はお休みをとります。

有給休暇です。

 

 

だから、今日は出張後にも学校に帰ってきて、今まで仕事してきました。

 

 

でも不思議ですね。

 

明日が休みで、春休みも近づいて、授業も終わりそうだと思うと、

 

9時まで残ったのにあまり嫌な気持ちにはなりません。

 

清々しさしえあります。

 

 

これが普通の日だったら、発狂していたでしょう。

 

 

なんで今日はこんなに気持ちがいいんだろうと考えると、原因が1つ思い浮かんできました。

 

 

それは、

「嫌なことを想像して脳と心の体力を奪っている」

ということ。

 

 

普段遅くまで仕事してると、

 

「ああ、明日も授業なのに!

明日も早起きなのに!!

もう授業のプリント、明日の朝に印刷することにして帰ろうかな。

でもそういう時に限って、朝に印刷機が壊れるんだ。

コピー機だって、私が急いでる時に限って壊れるし。

もう何なんだよ。

なんで明日も授業あるんだよ。

なんで私だけこんな目にあうんだよ。

早く帰りたいのに、なんでこんなに寒いんだよ。

何で私だけ、何で私だけ。。。」

 

 

こうやって怒りとイライラと被害妄想まみれの私の出来上がりです。

 

 

たぶん、実際の仕事量よりも、

 

「なんで私だけ」っていう被害妄想や、

「こうなったらどうしよう」という不安の方が、

 

心にも体にも負担になっているのだと思う。

 

 

それに気づいてよかった。

女が30超えたら、自分で楽しくしないと人生の楽しいイベントはもうない

今日のよい子

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

高校の時から仲の良い友人が、私の最近のブラックさを心配して家に泊まりにきてくれました。

 

 

彼女は自営業をやっていて、仕事が大変な時期でもありました。

 

 

私たちは2人とも、30歳だし彼氏もいないし、結婚する予定もない。

 

デキる人たちやキラキラの人生のレールにうまく乗れなくて、同じように悩んだ経験がありました。

 

 

私が、

 

 

「卒業式とか成人式とか就職とか、結婚とか出産とか、そういう、若いときにはあといくつもあった新しい経験や楽しみイベントが、もう何もなくなったな、と思う。

あと残ってる初体験としたら、介護くらいじゃない?」

 

 

とこぼしたら、彼女はこう言いました。

 

 

 

「そうだよね。もうこの歳になったら、楽しいことって自分で作らないとないんだよね。」

 

 

 

彼女はあくまでも後ろ向き発言として言っていたけれど私には印象的でした。

 

 

そう。

 

もう、恋愛も、結婚も、出産も、可能性としてはどんどん減っていく。

 

 

目新しいことも、どんどんなくなっていく。

 

 

歳をとれば自然にやってくるお楽しみイベントがもうない。

 

 

あと、50年も生きないといけないのに。

 

 

だから、自分でなんとかするしかない。

 

 

もう、小さな子どもみたいに、

 

「歩いた!」とか「初めてのランドセル!」とか、そういうわかりやすい「できるようになったこと」がない。

 

 

褒められることもない。

 

自分で軸を作って、楽しいことってなんだろうって考えるしかない。

 

 

自分しか味方がいない。

 

 

だから、明日からまたスタートライン引きなおして、

 

少しだけがんばろう。