よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

波乱の予感

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

新学年、授業教科、校務分掌が決定し、職員室の引越しも始まりました。

 

新年度へ向けて、どんどん忙しくなる時期です。

 

 

私はまた違う校務分掌に入ることになりました。もちろん生徒指導ではありません。

ほっとしました。

 

 

ただ、私が新しい校務分掌に入ることによって、年輩のベテラン教員のポストを奪うことになりました。

 

ベテラン教員が誇りにしていたポストですが、その仕事ぶりに不満をもつ教員もたくさんいて、代わりに私が投入されることになったのです。

 

 

加えて、そのベテラン教員と私はなかなかソリが合わず、いつもコミュニケーションがうまくとれません。

 

 

そのベテラン教員は、私にポストを奪われて、きっと不満をもつだろうし、怒るでしょう。

 

引き継ぎもあまり丁寧にしないだろうし、むしろ、腹いせにあえて不完全な引き継ぎをすることもじゅうぶん考えられます。

 

 

授業も、昨年度とは全く違う科目をもつことになりました。

 

 

そして、大嫌いだった陸上部も、いろいろな事情があって主顧問になりました。

 

 

副担任で入る学年も、ほぼ初めて付き合う生徒ばかりです。

 

 

 

分掌、授業、顧問、学年。

 

どれもが去年とは少し違う、もしくは全く違う分野を受け持つことになります。

 

私は、大丈夫なのでしょうか。

 

 

 

私を支えるのは4つの要素。

 

⑴3年目だという「慣れ」

⑵副担任するクラスの「担任が素晴らしい女性であること」

⑶よい子であることをやめられなかったおかげで「誰とも衝突せずに仕事をすることができる」こと

⑷「あのクセ強い教員よりはせかい工房と働きたい」という評価がついたこと

 

 

 もう⑶、⑷については、芯のない私らしい要素。でも、教員という世間知らずだらけで威張りちらすのが好きな人間ばかりの現場では、誰ともうまくやれる人間はそれなりに重宝する。

 

組織を改革したり、抜本的に変革させる力はないけど、歯車として使える人間。

 

クセの強い人間に囲まれてもなんとかこなす、緩衝材。

 

 

起業家にはなれないタイプだし、つまらない人間だと思う。

 

それが私の強みであり、弱点なのだろう。

 

 

よい子をやめられなかったおかげか、私が学年移動した時、

「あーあなたがきてくれてよかった!」

と言ってもらえた。

 

すなわち、

 

「クセ強いやつが来なくてよかった。」

 

と言い換えられるのだけれど。

 

 

それでも、弱い私を支えてくれる基盤がなければ、この1年を乗り越えることはできないだろう。

 

 

男が派閥に入る気持ちがわかる。

 

どこかの派閥に属していれば、守られる。信頼される。居場所がある。

 

 

一匹狼でやるだけの力は私にはない。

 

 

うまくまわりに支えられて、なおかつ悪口や派閥争いからうまく逃れながら生きていくのが今の私にできることだ。

 

 

その中で、本当に自分を信頼してくれる人ができれば、信頼できる人が見つかれば、それでいい。

 

 

 

 でもきっと、こうやって逃げ回るだけではうまくいかない時期が来るのだろう。

 

ベテラン教員に意見したり、会議で反対意見を押し切って、批判されながらも何を運営しなければならないような事態にあって、自分の手を汚して仕事をしないといけない時期がいつかきっとくる。

 

 

今は、まだそこにはいけない。

今、できることをしよう。

 

 

卒業式のあと、担任をしてみたくなった

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

先週、卒業式が終わりました。

 

うちのクラスは、担任と生徒の関係がすごく悪くて、副担の私は、毎日の朝礼や終礼でいつも胃が痛かった。

 

担任の先生と気があうだけに、生徒にいつも悪口を言われるのを聞くのが辛かった。

 

そして卒業式当日。

卒業式のホームルームは、「みんなが感動する」というひとつの共通認識がある。

 

担任からの言葉に泣いて、みんな担任と写真を撮って、学校楽しかったなって言い合いながら、名残惜しそうに学校を去る。

 

それが普通の卒業式。

 

私は最後のホームルームが怖かった。

 

 

最後の先生からの話を、みんなはきちんと聞いてくれるのだろうか。

 

生徒は誰も担任と写真を撮らないんじゃないだろうか。

 

それを横で見てる気まずさを想像するだけで胸がつぶれそうだった。

 

できたら、ホームルームに行きたくなかった。

 

 

 

 

体育館での卒業証書授与が終わり、卒業の歌が終わり、送辞と答辞が終わり、祝電の披露が終わり…

 

そのとき、卒業生のサプライズが始まった。

 

各クラスの生徒が、それぞれ各担任にお礼の言葉を言っているのだ。

 

 

1組の生徒が、1組の担任に「1年間ありがとう。先生のこと、大好きだったよ!」と言う。みんなで、声を揃えて「ありがとうございました!」と叫ぶ。

 

 

2組の生徒が、同じように担任にお礼の言葉を言う。

 

担任はみんな泣いている。

 

私は内心どきどきしていた。

 

うちのクラスだけ、サプライズがないんじゃないか。

 

3組、4組が終わり、とうとううちのクラスになった。

 

 

担任といつもケンカしていたあの子も、始業式に担任を睨みつけていたあの子も、どんな顔をしているんだろう?

 

 

「先生、1年間ありがとうございました。」

 

 

うちのクラスの生徒の声だ。

 

みんながそろってお辞儀をする。

 

 

うちのクラスも、サプライズがあった。

 

 

教室に帰って、生徒たちと最後のホームルーム。

 

担任の先生は泣いていた。

 

クラスの生徒は、みんなにこにこしていた。

 

 

あんなに仲が悪かったのに。

 

これが卒業式マジックか。

 

心のどこかで揶揄しつつも、羨ましかったのも事実だった。

 

 

そっかあ。

 

生徒って、本気で愛して、手をかけて、見守ってやれば、最後はきちんとお返しをくれるのだ。

 

 

私はもう少し、生徒を信頼してもいいのかもしれない。

 

 

こうして生徒とぶつかり合ってなお、生徒からお礼を言ってもらえるのが担任だけの特権なのだと思う。

 

 

私の中で、初めて、担任をしてみたいという気持ちが芽生えた。

 

 

そして、もっと生徒の前で素直になってもいいのかもしれない、もっと信用してもいいのかもしれない、と思うようになった。

 

 

この気持ちも、日々の忙しさの中できっとなんども揺れ動いて、かき消されてしまうだろう。

 

 

それでも、私にとって、一時であれ「担任をしてみたい」と思えたことは大きな驚きだった。

 

意外だ。

 

 

もっと、心は枯れていると思ってた。

 

 

これから何度も怯んで、動けなくなって、また仕事を辞めたくなるときが来るだろう。

 

 

たとえ仕事を辞めたとしても、「チャレンジしてみてもいいかな?」と思える自分がいたことを誇りに思いたいし、小さな自信にしたい。

 

 

これはフツーの先生にとって小さな一歩だけれど、私にとっては大きな一歩だ。

 

 

来年度は、私が大好きな優しい女性教員のもとで副担任をさせてもらえることになった。

 

 

私はまた担任にはなれない。

 

でも、ゆっくり、ゆっくり、できることをひとつずつ、あせらずにやっていこうと思う。

 

 

 

 

最近、「明日が楽しみだ」と思えたことはありますか

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

復職して、約一年が経ちました。

 

もう授業もなくなって、学校は生徒がいない静かな校舎になりました。

 

こんな私にも彼氏ができて、婚活もひと段落です。

 

気持ちの余裕が出てきたからか、夜寝る前に、

「ああ、明日が楽しみだなあ」と思うことが多くなりました。

 

 

明日、彼氏に会える。

明日、甥っ子に会える。

明日、友達に会える。

 

 

特に恋愛しているときなんてワクワクすることがたくさんあるから、

まるで遠足が楽しみで夜眠れない子どものように、

布団の中でデートのことを考えたり、着ていく服のことを考えたりします。

 

夜眠る前に、 「明日が楽しみ」と思うこと。

朝起きて、「今日1日が楽しみ」と思うこと。

 

 

なんだか、本当に久しぶりに感じた感情です。

 

 

いつもの私なら、金曜の夜であっても

「あと48時間で仕事だなあ」とか、

「あと○日で連休終わっちゃうなあ」とか、

 

「つらい未来を逆算しているうしろめたい今」を過ごしている。

 

 

でも、彼氏と会う前日、彼氏と会うその日は、ただただその幸せな時に照準をあてて、楽しみにしている。

 

 

それは、本当に大切なことだと思う。

 

 

小さい子どもが、遊園地に行くみたいに、野原で遊ぶみたいに、初めて美しいものや素晴らしいものに出会う時みたいに、大人になっても「今日は、明日は、どんないいことがあるだろう」と思えるようになっていたい。

 

 

優しい人に迷惑をかけてしまうなあ

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

復職して、約一年が経ちました。

 

今日は事務仕事、雑用の一日。

 

私は延々と事務作業するの、実は嫌いではない。

 

書類をこつこつエクセルで作って、表を出して、みんなでいっこずつズレがないか確認して。。。。

大変な作業であればあるほど、終わった後は一体感が生まれる。

 

。。。はずだったんですが、私の書類作成の段取りが悪く、協力してくれた先生みんなに迷惑をかけて、  

 

しかも、私が1番苦手な先生にすごく手間を取らせて迷惑をかけてしまって、

 

いつも私の味方でいてくれる優しい先生たちを遅くまで待たせてしまっていて、

 

その人たちは保育園のお迎えがあるのに私の配慮が行き届かず、長々と無駄なことをさせてしまった。

 

 

 

 

こういう共同作業のとき、

「で?何をやればいいの??」

というような態度を前面に出す人が私は苦手。

 

私の段取りが悪いと、ただ横で無言で圧力をかけてくるか、「また落ち着いたら電話してください」と言って準備室に戻ってしまう。

 

 

まあ。私も社会人だし仕方ないんだけど。

 

 

困ったらまわりの助けを借りなさいってみんな言うけど、

こういうタイプの人しか身の回りにいなかったら大変だ。

 

 

助けを求めても嫌そうな顔されるし、自分で抱え込んだらまたいっぱいいっぱいになる。

 

 

助けを求めようが、求めなかろうが、とっちにしろ自分は嫌な思いをしないといけないのだ。

 

 

 

優しい人は、困ったときは一緒に考えてくれる。

 

私がパニックになったら、「どこがわからないの?手伝おうか?」と、作業に参加してくれる。

 

 

でも、そんな優しい先生たちにも今日は迷惑をかけてしまって、なんだかとても悲しい気持ちになった。

 

 

いっぱいいっぱいで周りが見えない。

 

お世話になってる人に、お礼が言えない。

 

最後、1番さみしかったのは、

 

その苦手な先生が私と話すときは苦虫を噛み潰したような顔をするのに、

今年きた新任の若い男性、女性の先生に「おう、今日飲みに行こうぜ!

昨日も行ったから、二連チャンだな!」

と嬉しそうに声をかけていたこと。

 

 

 

すいませんね、私のせいで楽しい飲み会開始の時刻が遅れて。

 

 

そんないい笑顔できるなら、私にも少しくらい作り笑いしてくださいよ。

 

 

なんて、言わないけど。

 

 

私は、完全になめられている。

 

 

こいつといても面白くないし、仕事もできないやつだから、メリットがない。

 

 

そう思われているだろう。

 

 

 

こういうとき、心の中で、彼を見返す妄想をする。

 

 

私はすごく歌がうまいとか、ダンスが踊れるとか、流暢に英語が話せたりとか、すごくスタイルがいい自分を想像して、その人の前でそれを披露する妄想。

 

 

彼は、「パッとしない人と思ってたのに、こんなすごい才能があったなんて!」と驚いて、私を見直す、という妄想。

 

 

 

 でもあいにく私は歌もダンスもうまくないし英語も話せないし、例えそれらがてきたとしても、彼は私をうらやましいとかすごいとか、全く思わないだろう。  

 

 

彼は顔もかっこよくて、頭も良くてスポーツもできて、かわいい奥さんと2人のかわいい子どもがいて、同僚からも慕われて、キラキラ世界にいる男なのだ。

 

 

 

私がちょっと人よりできることがあったにしても、彼が私を羨む要素なんてこれっぽっちもないだろう。

 

 

 

強いて言えば、適応障害になってたから、仕事を軽減されてあいつ得してるよな。とかそんなことくらいだろう。

 

 

 

私は見返したい。

 

私をないがしろにして、バカにするすべての人間を見返したい。

 

 

でも、私をないがしろにしてバカにする人たちは、私のことなんて興味もない。

 

見返すことなんて無理なのだ。

 

 

見返す前に、私を見ることがない。

チラ見することはあっても、注目することはないだろう。

 

 

だから、こんな妄想して、相手と自分を比べるだけバカバカしいのだ。

 

こんなに自意識にからめとられて1人モヤモヤして、なんの意味もない。

 

 

それでも、なんだろう。このモヤモヤは。

 

 

 

 

彼氏に会いたい。

 

このモヤモヤを消してほしい。

 

無理に背伸びして、羨ましがられようとしなくていいんだって、安心させてほしい。

 

 

40歳とか50歳になっても、こんなことばっか考えて生きていくのかなあ。  

 

嫌だなあ。

 

 

 

 

小さい面倒は小さいうちにひとつずつこなす

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

復職して、約一年が経ちました。

 

 

最近、気が抜けているせいか、予定のダブルブッキングや忘れ物が多いです。

 

 

この間、ネットで「貧乏人の特徴」みたいな記事を見て、もう自分のことかと思うのです。

 

・携帯料金の支払いをずるずる忘れて延滞料金取られたりする

・細かい作業を面倒くさがって、結果最初よりももっと大変な目にあう

 

 

・電車の時刻を調べずになんとなく外出

・遅刻してタクシーに乗る羽目になる

 

 

なんか、ちょっと調べたり、ちょっと気をつけたらわかることなのに、それを面倒くさがってしまうことで余計お金をかけたり、リカバリーに何倍もの労力を使うことになるのです。

 

 

これ、私の仕事のやり方もそう。

プライベートもそう。

 

 

待ち合わせのとき、電車の乗り換えとか調べない。

 

 

なんとなく2時間前に出て、時間余ったらコーヒー飲んだりコンビニでお菓子買ったりする。

 

 

逆に、ギリギリまだいけるかな?と思って間に合わずにタクシー乗ったりする。    

 

 

なんか、細かいことをひとつずつきちんとできないから、それがあとでまとまって大きな塊になって、1人でパニックになる。

 

 

 

これは、そもそも小さな気づきと対策ができていれば、小さな面倒をこなすだけですんだことで、パニックなんかならなくていいのだ。

 

 

確かにしっかりしている女友達は、冷蔵庫買う時にはしっかりメーカーを比較するし、機能も吟味するし、ネットの口コミもチェックする。

 

 

私みたいに、めんどくさいから電気屋にあるものを店員に言われるがまま、サイズと値段だけ見てそのまま買ったりしない。

 

 

 

こうやって、細かい、小さい面倒を避けて避けて結果損をして、りっぱな貧乏人の出来上がりである。

 

 

 

でもこれ、お金じゃなくて信用とか仕事の質も関わってくるよなあ、と思った。

 

 

 

テスト作るのだって、前々日から慌てて作るからミスは出るし、訂正も増える。

 

 

ミスが出ないようなテストの作り方を考えたり、訂正が少なくて作れるシステムを頭を使って考えないといけない。

 

 

そういう、小さな行動、面倒をきちんとこなしたら、大きな面倒に育つ前に対策ができるのだ。

 

 

だから、最近、細かいことをきちんと手帳に書くことにした。

 

 

今まで、頭で覚えておいたらいいや、とか、メモ書いて机に置いておけばいいや、とか考えていたけど、

 

 

それは絶対忘れる。

 

 

保護者に夜、ケータイから電話しないといけないときは、その時刻にアラームをかける。

 

 

 

そういうひとつずつの小さな面倒をきちんとこなして、大きな面倒になる前にその根元を断ち切るのだ。

 

 

 

これがなぜ貧乏人には難しいかというと、

「日々の行動を変える」

という難易度の高いことだからだ。

 

 

困ったときに、そのときだけ全力を振り絞って解決すればなんとかなる、という思考回路になると、そのときだけ力を出す人になってしまう。

 

 

しかし、小さな面倒をこなそうとすると、日々の生活から変えていかないといけない。

 

 

それはストレスになるし、継続力がいるし、忍耐力もいる。

 

 

これが、貧乏人思考の人にはできないのだ。

 

 

気をつけよう。

 

 

意識して、小さい面倒を小さいうちに片付けてしまおう。

 

 

 

 

 

寄りかからないように気をつける

こんにちは。せかい工房です。



今年30歳です。

高校教員をしています。



一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。



復職して、約一年が経ちました。

 

今日は春一番だか春二番だかが吹いてたみたいですね。

 

校舎は相変わらず日も当たらないし、暗いし寒いしで、生理痛がひどいです。

 

それでも気づけば少しずつ梅の花が咲いて、春が近づいてきました。

 

気温がころころ変わる春は、メンタル弱めにはつらい季節ですね。

 

私はすごく寒い日と、温度差が激しい日にしんどくなるみたいで、これからが思いやられます。

 

それでも、今のやさしい彼氏がいるから、自分の不安定さもちょっとは分散されてます。

 

 

仕事で嫌なことがあったら、彼氏に相談すればいい。

 

でも、彼氏に完全に寄りかかってしまったら、

 

どうして私が大変なのに気づいてくれないの、とか、

 

こんなにつらいのに、なんでわかってくれないの、とか、

 

なんで30歳の私と付き合うのに、結婚の話が出ないの、とか、

 

なんかむちゃくちゃなことを言いそうで怖いです。

 

 

気持ちが弱ってきたら、友達にも親にも彼氏にも総動員してとっかえひっかえして頼ったら、彼氏だけに迷惑をかけずに、自分もいっぱいいっぱいにならずに済むだろう。

 

 

これは、昨年の過ちと反省から導き出された教訓である。

 

歴史は繰り返すと言うし。

 

 

あめんぼが足をたくさん水面において浮かんでるみたいに、私もたくさん足場を作って、ネガティヴの沼に沈まないようにしないと。

 

 

彼氏はとても大事で、大好きだ。

 

けれど、私は私の人生があって、彼に全部おぶってもらうことはできないから、

私の苦しみや不安を全部面倒見てもらうわけにもいかないから、

 

うまく言えないけど、相手に頼りつつ、ふらふらでも自立して時々倒れそうな時に肩を借りるくらいの気持ちでいたいと思う。

 

 

今は暖かい春だけど、いつ寒波がもう一度くるかわからないから、暖かさを感じつつも、静かに寒波に備えるように、

 

彼氏がいても、それにべったり寄りかからないように、いつか(必ず)くるであろう自分の心の不安定の嵐に備えている。

 

 

どうか、大事な人を大事にできるくらいの余裕を保って来年度も生きていられますように。

 

 

 

昨年みたいな間違いを繰り返して、大切な人を失うことがありませんように。

 

 

友達を、親を、彼氏を、大事な人を大事にすることを忘れませんように。

 

 

 

 

 

 

 

友だちを大事にする

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

復職して、約一年が経ちました。

 

今日は、専業主婦の友だちとご飯を食べに行ってきました。

 

朝部活でくったくたに疲れて、午後まで資料づくりで、友だちの待ち合わせに1時間も遅刻して行った。

 

 

電車に乗ったのは、もう待ち合わせの時間になってからだった。

 

ごめんね、今仕事終わったんだ。

 

もう少し時間かかるよ。

 

こうメールしながらイライラしてくる。

 

仕事が思ったより立て込んだことに。

友だちとの約束を守れない自分に。

休みの日に、私が仕事してるのに、その間ゆっくり休んでる専業主婦の友だちに。

 

 

わたしの悪いクセで、余裕がなくなると、遅刻するときに友だちのせいにしてしまう。

 

こんなに忙しいのに、あいつは暇そうにしている。

私は土日も仕事なのに。

だから、あいつは少しくらい待たせてもいいんだ。

 

 

心が狭いなあ。と我ながらびっくりする。

 

 

そして久しぶりに出会った彼女は、私の遅刻を責めることもせず、嫌な顔1つせず笑顔で手を振っていた。

 

 

話を聞くと、どうやら旦那さんとうまく行っていないとのこと。

 

旦那さんは浮気をしているらしい。

 

そのストレスで、その子はカウンセリングに通いだしたとのこと。

 

私に一通り相談して、ホッとした顔を見ると、自分の器の小ささに悲しくなる。

 

さっきまで、友だちに八つ当たりしていた自分が恥ずかしくなる。

 

 

そして、どこかで、結婚してゆうゆうと暮らしていた友人の不幸を、どこかで、娯楽にしている自分に悲しくなる。

 

 

もちろん、彼女のことが心配だし、大切なのだけれど、私にないものをあまりにも多く持つ彼女に対して、比較と嫉妬が止まらないのだ。

 

 

したり顔で友だちにアドバイスしてる自分にも腹がたつ。

 

 

今日ご飯を食べた店は、ものすごいタバコの匂いがした。

 

喫煙席が大嫌いな彼女が、3時間もそこで喋りまくっていた。

 

誰かがタバコを吸い出したら、すぐに店を出ようとする彼女が、今日は全く匂いに気づいていないんじゃないかというくらい。

 

そうとうストレスがたまっていたのだ。

 

いつも彼女に会うと、私は自分と比べてみじめになるから、なるべく避けるようにしていた。

 

 

でも、こんな私を彼女は信頼してくれて、カウンセリングに行ったことも、私にしか話せないから、会えてよかった、と言ってくれた。

 

 

 

 

ごめんね。

 

私がカウンセリングに行ってた時も、ずっと支えてくれてたのに、苦しかったことに気づかなくてごめんね。

 

今度は、待ち合わせに遅れない。

 

もっと、大切にする。

 

 

私はどうも、気分で、特に相手と自分を比べて嫉妬したときに、相手と距離を取りすぎたり、相手を粗末に扱うきらいがある。

 

 

なんだろう。生理だから?

 

いやいや、生理のせいにするときじゃないだろう。

 

 

全ては、比較と嫉妬が原因なんだから、自分を大切にして、相手を大事にできるようにしよう。

 

 

友だちとの待ち合わせに、遅刻しない。

 

と、今日自分に約束する。