よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

忘れないうちに。今日のよかったこと

部活の大会が終わった。

 

 

生徒の顔が、いつもと全然違ってびっくりした。

 

 

私が話すこと、伝えることが、相手に届いていることが実感できた1日だった。

 

 

いつも話を聞かないあの子も、適当な返事しかしないあの子も、今日ばかりは違っていて、

 

大会の結果、自分ができたこと、できなかったこと、これからどうしていきたいか、などを、自分たちの言葉で話し合えるようになっていた。

 

 

 

私なりに四月からいっしょうけんめい部活のことは、できることはやってきたつもりだ。

 

 

練習日の確保、日々の生徒のケア、練習の付き添い、大会の申し込み、調整など。。。

 

 

でも

 

 

生徒の態度は日に日に悪くなり、部活の雰囲気はよくならない。

 

 

効果も見えない、変化もない、自分はできることはしているはずなのに、何も変わらない、そう思っていた1週間で、部活の生徒と顔を合わせるのが最近苦痛でしようがなくて、

 

1人で生徒の部活を見にいくのがとても怖かった。

 

 

大会の引率は、生徒の結果がどうのこうのよりも、生徒に集合させたり、注意したり、昼食の場所の指示をしたりするのがうまくできるかわからなくて、緊張で昨日は眠れなかった。

 

 

でも、今日は生徒の変化があった。

 

 

オセロの黒が、全部白にひっくりかえっていくように、

 

 

これまでの嫌な思い出とか、緊張とか、しんどさとか、気まずさとか、そういったものがくるっくるっと1つずつ、笑顔とか、返事とか、態度とか、時間を守る行動とか、そういったものにかわっていくのがわかった。

 

 

ちょっと疲れてるので何書いてるかわからないところもあるけど、

 

 

とりあえず、今日は報われた日になってよかった。

 

 

生理痛で死にそうだけど、まあ、よかった。

今日はゆっくり出勤

コーヒーを飲みながら、カフェでぼーっとする。

 

あと5分経ったら、店を出て、出勤しないといけない。

 

ぼーっとする時間って大事。

 

昨日はできないことがたくさんあった。

 

つらいこともたくさんあった。

 

でも、私の人生は映画みたいに、いいところで終わったり、オチがついたところで終わったりできないし

 

失敗して格好悪いところから、気まずくてしんどいところから、うまくいかなくてどうしようもないところから、何度も何度もスタートを切るしかなくて、

 

少し考え方が変わったくらいで生活が激変したり、いいことばっかり起きるわけでもなくて、

 

いいことと嫌なことが交互にやってくる毎日を

 

淡々と生きていくしかないから、

 

とりあえず、今だけ、少しだけ、ぼーっとさせてもらおうっと。

 

 

来年になったら、今の辛さも忘れるはず。

 

去年の今頃の悩みが何だったかわからないみたいに、

 

時が経てば、また気持ちは変わるはず。

 

そうやって、生きていくしかない。

 

忘れて、捨てて、気持ちを手放して、いつまでも抱えてないで、嫌なこともいいことも、全部川に流していくみたいに、気持ちを入れ替えていかないと。

 

早く、80歳になりたいなあ。

私はずいぶん強くなったと思う。

今日も、いろんな人から、「あの生徒はしっかり叱っておかないと、あとから大変なことになるよ」と言われた。

 

 

うん。。。。

 

わかってるけど。。。。

 

私は誰も叱りたくない。

 

 

叱って傷つきたくないし、他人の落ち度を叱ることで自分が傷つくなんて、本当に意味不明。

 

 

でも、教員だから叱らないといけない。

 

 

こうして、毎日毎日いっつもいっつも、

 

「お前は弱いやつで指導力がないからもっと強くなれ」

 

と遠回しに言われてくると、なんだかすごくしんどくなってくる。

 

でも私だって、2年前と比べたらずいぶん強くなったと思う。

 

 

ストレスの多い状況をうまく避けられるようになったとも言えるけど。

 

 

時々は逃げることもあるけど、遅刻した生徒を叱ったり、提出物を出さない生徒を叱ったりした。   

 

 

今までだったら怖くて言えなかったような生徒にも、少しずつ言えるようになったと思う。

 

まだまだ足りないのかなあ。

 

 でも、結構私だって頑張ってるんだけどなあ。

 

たぶん、私は教室を荒らすタイプの教員だと思う。

 

でも、それでも、少しずつ少しずつ人を叱ることができるようになってきたのだ。

 

だれもわかってくれないけど。

 

みんな、あまりにもできて当たり前のことだと思ってるから、私が叱ることごできても「やっと人並み、やっと最低ライン」くらいしか思ってくれない。

 

 

私としては、200点くらいなんだけど。

 勇気出して踏み込んで行動してるんだから、200点くらいだと思うんだけど。

 

 

だから、今日は自分を褒めてあげることにした。

 

 

私はよく頑張ってる。

 

逃げずに、1日1日トライしてる。

 

この学校に来てから、2年半。

 

あっと言う間なんて思ったこと、一度もない。

 

あるとすれば、休職期間の5ヶ月間だけ。

 

 

残りの日は、1日1日の苦しみも不安も辛さもきっちり1日ぶん味わってきた。

 

 

あっと言う間なんて、思えない。

 

24時間分のウェイトを感じてる。

 

濃密な時間だった、とか、勉強になった、とか、いろんな言い方ができるけど、私は「何かのツケを払った」という意識の方が強い。

 

 

これまでよい子で真面目に生きてきたツケを払っているのだ。

 

 

よい子で真面目で誰にも文句言われずに、堂々と世の中を生きてきたツケを。

 

 

だれともぶつかり合わず、(よい子にしてたらぶつかる必要もないし、ぶつかっても大概私が正しいから)みんなから褒められてきて甘やかされたツケを払っているのだ。

 

 あといくらぶんあるのかな。

 

 

今日のいいこと

①部活で前回遅刻した部員を叱ったが、今日はみんな時間を守れていた。

 

②いつも反発する生徒が、今日の練習ではいい振り返りをして、感想を述べていた

 

③部員がよく頑張っていた

 

④出張で部活が1日なくなった

 

⑤仕事午前で終わって、これから好きなことできる

 

⑥同僚の先生が優しかった

 

⑦バスでうとうとして気持ちよかった

 

⑧今日彼氏に会える

 

⑨パン屋さんからすごくいい匂いがした

 

⑩セミの声が大きくて、夏だなあと思った

今日のいいこと

①飲み会のご飯がおいしかった。

 

②生徒が思ったより素直だった

 

③飲み会でおじさん先生がおもしろかった

 

④飲み会で初任の先生と少し話ができた

 

⑤めんどうくさい仕事のアポ取りができた

 

⑥二学期からの授業準備が少しできた

 

⑦ペディキュアを塗った。たまにはおしゃれしたい。

 

⑧彼氏が朝優しかった。

 

⑨明日から夏休み

 

⑩肌の調子が少しよくなった。

 

 

今日はしんどいことと思ってたことが、意外にしんどくなかった。

 

たぶん、そのツケはどこかで払わなければならない。

 

ラクをしたぶん、明日か明後日にツケを払わなければならない。

 

怖いなあ。

 

遊びの時間、空白の時間が必要

生徒に今日はひどい叱り方をした。

 

あえて、嫌な思いを相手がするような、ねちねちした怒り方。

 

 

最近、心に余裕がない。

 

 

たぶん、人を育てたり、誰かを見守ったりと、教育するには教員の心のゆとりがなければ成り立たないのだと思う。

 

 

 

自分の思い通りにならないことに、いちいち腹が立って、自分に従わせようとしてしまう。

 

 

時々、そんな自分がコントロールできなくなる。

 

 

とことん、痛めつけたくなる時がある。

 

 

そういうとき、心の余裕が足りてないと思う。

 

 

今日は飲み会で、私の好きな豪快なおじさん先生が、ニコニコしながら生徒指導について語っていた。

 

 

「全然思い通りにならないんだよー!!

本当にやってらんないよな!

でも、それが面白いよな!!」

 

と、ニコニコしながら言っていた。

 

 

その先生は、いつも心に遊びがある。

 

いつも冗談を言っている。

  

子どもは、成長過程にあるのだから、できないことはできるように待ってあげないといけないのに、学校は失敗する場所なのに、

 

学校そのものに時間がなく、余裕がないために、締め切りに合わせて生徒を操作しようとしてしまう。

 

失敗させて学ばせることを、効率が悪くて面倒なことだと教員も思ってしまう。

 

 

失敗して、予定が狂うことを教員が嫌がる。

 

 

だから、予定に間に合わせるために、つじつまを合わせるために、生徒の先回りをして、お膳立てして、そのレールに乗せてしまう。

 

 

だってそうしないと、受験や行事や就職の過密スケジュールをこなすことはできないからだ。

 

 

じゃあ生徒が、自由な学校を望んでいるかというと、そうでもないような気がする。

 

 

 

せっついて、急かして、叱って、勉強を無理やりさせられることを求めているように見える。

 

 

だって自分で勉強したければ、私立でスクーリングだけすれば、在宅で勉強できる学校なんていくらでもあるからだ。

 

 

ネットで情報もあふれている。

学校なんて、いつなくなってもおかしくない。

 

 

なのに、みんな全日制で毎日学校に通って制服を着る。

 

 

それは、やっぱり生徒本人が求めているからなのだ。

 

 

自分で自分のことを決定したり、自分の好きな服を自分で選んで着たり、そんな自分の選択がめんどうくさいのだと思うし、自信もないのだろうし、誰かにいろんなことを決めてもらって、自分で決断することから逃げて、学校にいろいろ決めてもらうのが結局ラクなんだとわかっているからだと思う。

 

 

話がずれたけど、まあ、私は今心の余裕がない。

 

 

早く、生徒本人が失敗から学ぶことを許せるくらい、心の余裕がほしい。

 

 

そういう学校に異動したい。

 

 

今考えているのは、特別支援学校である。

 

もっと時間のゆとりがあると聞いたし、生徒本人によりそった教育ができるだろう。

 

 

 

 

いいことだけ日記

①いつも部日誌を書かない部員がきちんと書いてきた

 

②嫌いな先生とちょっと談笑した

 

③6時に退勤できた

 

④部活の部長が礼儀正しかった

 

⑤たまってた事務仕事を片付け、かつめんどうくさいアポイントメントをとって仕事をすすめた

 

⑥午前中授業だけで、私の授業はなかったのですごくラクできた。

 

⑦昼ごはんに食べたパンがおいしかった

 

⑧彼氏が仕事早く終わったので、一緒に生姜焼きを家で食べた

 

⑨料理した勢いで洗濯もできた

 

⑩保護者への電話を、めんどうくさがらずにできた

 

 

アドラーは、幸福は全て人間関係によるものだって言ってたな。

 

だから、いいこと日記のほとんどは人間関係のことだ。

 

部活の部員を見ていて、傷つくこともある。がっかりすることもある。

 

生徒に叱ったとき、次の日に何も行動が変わっていなくて、徒労感ばかりが残る日もある。

 

 

でも、そこからオセロの白が黒に変わるみたいに、バーーーッとものごとが変わる瞬間もある。

 

自分の思いが、気持ちが生徒に伝わったとかじゃないと思うけど、

とりあえず生徒と意思疎通できたなって思える日もある。

 

 

だけど、それは次の日になると、当たり前みたいに裏切られて、また0からのスタートになる。

 

 

人生、そんなものなのか。

 

 

私が、視野が狭いのかな。

 

目の前の嫌なことで頭がいっぱいになりすぎてるのかな。

 

 

そういや、去年イライライライラしてた部活のできごとも、3年生が引退してから、もう思い出せなくなった。

 

 

嫌なこと、いっぱいあったけど、遠く離れれば忘れてしまう。

 

 

もっと言えば、たぶん教室で出会わなければ、教員と生徒でなければ、きっとケンカもしなかったし、相手の生き方を認められたこともあったように思う。

 

 

早く卒業しないかな。

 

みんな、みんなただ過ぎ去ってしまえばいいのにな。