よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

よい子をやめる理由

よい子を続けて28年。

今日は私がよい子をやめる

理由について話します。


私は小学校のころから、

先生にとって本当に扱いやすい

生徒だったと思います。

勉強もでき、

反抗もしない。

先生のギャグには

気をつかってくすくす笑う。

よい子は空気が読めますからね。


高校も、県で有数の進学校に合格しました。

職員室には大学の偏差値表が貼られ、

国公立大学を受けるのが当たり前だも

みんな思っていました。


そして高2の進路面談。

担任の先生が

将来何になりたいかと聞いてきたとき、

私はこう答えました。



ドールハウス職人になりたい」


当時、テレビチャンピオンという

テレビ番組があって、

お題に合わせて

様々な職人が自分の腕を披露し

一位を決める、というもので、


私はその番組が大好きでした。


特にドールハウス職人の回のときは

最高にワクワクしました。


つまり、
私はものづくりがしたかったのです。



もともと図工も好きだし、

裁縫も好きだった。

例えドールハウスじゃなくても、

何かものをつくりたい。

ものづくりが将来やりたいことなんだ。


16歳のくせに、

自分の気持ちを言語化できていなかったのですね。

先生はあんぐり口を開けて

瞬時に

国公立大学の受験路線へと

私の進路の舵を切りました。


あのとき、

ものづくりがしたい、

という気持ちを言えず

なんか先生が私の答えを聞いて

戸惑ってるし恥ずかしいから、

と素直に言われるがままに

大学進学へと進路を修正した私は、

本当に「よい子」だったのです。



そして、

無事国公立大学に合格し、

今は世間でも

堅いと言われる職についた私。


就職浪人とか

転職はもちろん

引きこもりや


それらは人生のレールから落ちることであり、

2度とやり直しのきかない事態になるのだと

ずっと思っていました。

もちろん頭では、その後も

充実した人生を送る人がいることも

よくわかっています。

しかし、

どこかでそういう人生を歩む人に

ああはなりたくない

と、

冷たい目線を投げかけていたのも事実です。



そんな折、

今年の4月に転勤になり、

新しい職場で仕事をすることになりました。

そこでは全てがストレスでした。

新しい仕事

新しい人間関係

慣れない環境。

私はすっかり元気をなくし、

人生で初めて心療内科でカウンセリングをうけました。


結果は、適応障害


ああ。これで私も心の病人なのだ。


そう思うと、

これまで軽蔑していた、

リカバリーのきかない人生に足を踏み込んだような気持ちになりました。

でも、どこかでほっとしたのです。


これで、

人生のレールをまっすぐに歩くという

プレッシャーから逃れられたのだと。


よい子は努力家です。

努力で全てがうまくいくわけではないと承知していても、

どこかで

自分はできる


と思っていたのでしょう。



こうやって、

よい子の私の人生に

一つの予定外の事件が刻印されることになりました。


そして本気で転職を考え、

すごく悩みました。


今の職の安定をすてて
大丈夫だろうか。

まわりはなんていうだろうか。

それが不安でしかたありませんでした。




しかし

病院にいってから

改めてまわりを見ると、

みんな様々な人生を歩んでいることに気づきました。



病気して、転職して、天職についた人

28歳から専門学校に行って

建築デザイナーになった人

仕事をやめてワーキングホリデーに行く人

結婚して退職して、

また就活して正社員で採用された人。



これはみんな友達や兄弟のことですが、

みんなそれぞれが

自分の人生をカスタマイズして

楽しんでいるように見えました。


そのとき、

人生とは自分で作り出せるものなんだと

はっと気づいたのです。


まわりが、親が、世間が、

公務員がいいとか

大企業に入れとか

そういうからそうした。


しかし、

もしその人生に納得していなかったとしても

親にも世間のせいにもできません。


親はいつか死にます。

世間は形のないまぼろしです。

身近な友達が実際に

私の人生を責めているわけではないのに、


よい子の私は


まわりがいうから
こういう人生歩んだんだ

と思っていました。


でも、それは大きな間違いでした。


私が自分の人生に不満があったとしても

誰かが責任をとってくれるわけではありません。


何より


日本国民にとって

私1人の人生は

社長だろうが

ホームレスだろうが

アイドルだろうが

どうでもいいことなのです。


私があれほど気にした

まわりの目

とは一体何だったのだろう。


まわりのいう通りにし

マニュアル通りにしかできない

よい子の私には、

この事実に気づくのに

28年もかかってしまいました。

物心ついてからよい子の私。

6歳からよい子人生が始まったとして、

22年もの間

よい子の思考回路で生きてきたわけです。


芸歴22年の芸能人ならば、

ベテラン中のベテランです。

その道22年の職人ならば、

もう親方です。

人間国宝です。



22年の間にしみついたよい子の生き方を変えるのは

相当の努力が必要です。



まわりの望む人生でなく

自分の望む人生を歩むこと。

それは、平凡だろうが

非凡だろうが

関係ありません。

自分が自分に言い訳しない

生き方をすること。


そうしたくて、

私はよい子をやめることにしました。



きっと、考えを変えるのは

難しいことでしょう。


でも

人生を自分でカスタマイズしたい。


というわけで、

その気持ちを忘れないために

毎日このブログを書くことにしました。

これは私の信仰告白のようなものです。


よい子を、やめる。


さらばだよい子!また明日!