よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

なんで自給自足ってできないの?

よい子を続けて28年。

こんにちは。せかい工房です。


今日はとある農業体験に行ってきました。

行った先は雑草ぼうぼうの農地。

そして、仕事は草抜き。

一枝に体験に来ていた人と、

無我夢中で草抜きしました。


秋晴れの空の下、

草を抜くとふわっと香る土のにおい。

そこかしこからでてくる

みみず、こおろぎ。

猫じゃらしと枯れたトウモロコシの葉を

踏むとバッタがぴょんぴょん飛び出す。

汗ばむ背中に、

秋の乾いた風がすーっと通り抜けて

本当に気持ちがいい。


二時間ほどで、

畑はすっかり草のない

きれいな土になりました。

これから大根を植えるのだとか。




こうやって体を動かしてみて、

農業っていいな、

と思ったのです。


何がいいかって、


作業したところが可視化される。

つまり、やったところが目に見えてわかる。

体を動かす作業で、終わりが見える。

つまり、どこまでいけば

仕事が終わるのかがわかりやすい。

体を動かすので気持ちがいい。




はい、

もう農家の人が聞いたら

それ農業じゃない!

と怒りそうな感想ですね。



でも、私の正直な感想です。

もちろん、

最近の農業の厳しさは

よく耳に入るので、

決して農業はお気楽な稼業ではないということは、

具体的なつらさは知らないにしても

百も承知です。





こうやって体を動かして畑仕事をしてみて思ったんですが、

昔むかしの日本は

人と話すのが苦手な人や

あまりコミュニケーション能力がない人も

農業という仕事は

彼らの受け皿となっていたはずです。



最近、農家の方に聞いたところ、




農業で成功しようと思ったら、

経営者、交渉者の側面もなければ

やっていけない。
 
マルチの能力が必要だ。

体さえ動かせばいいのではなく

ビジネスマンの才覚が必要なのだ。





ということを言われました。

それって、すごく大変ですよね。

だって世の中、

どんな仕事でも

かなりのコミュニケーション能力を必要とされているけど、

それができている人って

実は人間の半分くらいだと思うんです。


残りの人は、

かなり無理して

かなり頑張って

今の社会に適応してるふりしてるんじゃないかなあ。


農業まで

高度なコミュニケーション能力が必要なんて、

あんまりじゃないですか?



食べ物を育てて、

収穫して食べる。



今から約9000年前に農業がメソポタミアで発明されて

太古から人間の体に

染み込んだ生き方の一つ。



こうやって思いを馳せると、

コミュニケーション能力のいる農業って何なんだよ!


って思わず言いたくなります。



なんでそんなに

生きるのが難しい世の中なんだよ!

って。


農業でらもうけようとすると

難しいのであれば、

自給自足できるぶんだけ

野菜育てられたら

それでいいんですけどね。



でも、

自給自足、

つまり

現金を使わない生活しようと思うと

すごい難しいんですよね。


年金だとか住民税だとか保険料だとか

いろんなことに

お金を払わないといけない。




ご飯食べて、

排泄して、

寝る。



こんなに生きることってシンプルなのに、

なんでこんなに難しいんだろう???


世の中は本当に不思議です。


まあとにもかくにも

私の仕事は

仕事の成果も見えづらく、

仕事によってもたらされた結果も

かなり測定しづらいものなので


草を抜いたぶんだけきれいになる土や

かわいがったぶんだけ大きくなるなすびや

耕したぶんだけ平たくなる畑に

ちょっと感激してしまったわけです。



その喜びが

自給自足の生活の妄想まで

ぶっとんじゃいましたが、

退職したあとの生き方において

大事な気持ちかなあと思いました。



やったぶんが

目に見える仕事。


シンプルな生き方。



今のところ、

これがキーワードのようです。

退職まで、

あと5ヶ月半。

今日も一日生き延びた。

カレンダーにマルをつけて、

今日の自分をねぎらおう。


さらばだよい子。また明日。