よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

合わない仕事は窮屈なジャケットに似ている

よい子を続けて28年。

こんにちは。せかい工房です。


さっき実家に戻りました。

実家最高です。

私の味方しかいません。

わーいわーい。

動悸、息切れ、緊張もどこへやら。



本当に、

これ私病気じゃないんじゃない?

月曜日からフツーに

授業できるんじゃない???

って思わず思ってしまうほど。



学校の授業は、

楽しいときも

しんどいときもある。

うちの学校は特に、

「起立、礼」ができない。



ふらふらお菓子食べてるやつ、

スマホいじってるやつ、

ゲームしてるやつ、

化粧してるやつ。


そんな子供たちを

いちいち注意しながら

「はい、立つよー、

スマホしまってー、

自分の席帰ってー!

そこ、化粧もうやめる!!」


なーんてやってたら、

起立、礼までに

2分くらいかかります。



私が一番苦手なことは

生徒に注意すること。

とにかく、

しょうもないことに

時間を取られるのが本当に嫌。


集中力もないし、

授業もすぐ飽きられる。



そんな彼らを

スライドや音楽を使って

なんとかこっちの授業に

振り向かせられた時は、

かなりの充実感。

うまくいかないときもあるけど。



こういうやりとりを

日々送っていたのだけれど、

生徒のコンディションが

毎日あまりにも違うことや

それに引きずられて

授業に自信がもてなくなっていって

なぞの緊張に襲われるようになった。



授業自体

成功した時は

本当に嬉しい。

でも、それを上回る辛さがある。


充実してるから、

やりがいがあるから、

っていう理由で

かなり自分は

無理してた部分がたくさんあったように思う。



どちらかといえば、

複雑なものを

わかりやすく解説する方が

私は得意なのだけれど

この学校では

おもしろおかしく

相手を惹きつけて

テンションあげて授業しないと

誰もついてこない。



ヤンチャな子供たちの多い

この学校では、

私みたいなタイプは

舐められて当然みたいなポジション。



私なりに頑張ってきたけど、

無理してた部分は

かなり大きかった。





一見美しいけれど

サイズの合ってない

ジャケットを着せられているような。



私ではない誰かを

演じ続けているような日々でした。


ばっと見て

それなりに似合っているんだけど

着ている本人は

窮屈で仕方ないような服。

それが今の仕事だったように思う。



友人から、



あなたはすごく頑張っていたけれど

転勤前の学校の方が

ずっとあなたらしかった




と言われました。


今の学校で

たしかに学ぶものは大きかったし
 
いい経験ができたし

やりがいもあったけれど

私には合ってはいなかった。



自分の体に合った、

ストレッチのきいた、

オーダーメイドの服を着るように、

そんな風に仕事がしたいと

思ったのでした。