よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

復帰のよい子

よい子を続けて29年。

こんにちは。せかい工房です。

高校教員ですが、適応障害のため

休職して実家に帰省しています。



2ヶ月ぶりの記事となりましたが、

この間に

いろーーーーーんなことがありました。




1番大きな変化ですが、



4月から復職することになりました。


同じ高校に、

同じポジションで復帰します。


一時は退職を固く決意した私が、

なぜまた復帰することになったのか。



それは2015年の暮れにさかのぼります。


教員は

3ヶ月の病休を使い切ると

そのあとは休職扱いになります。

その事務手続きに、

高校に行きました。



二学期も終わり、冬休み中の学校。

いつもランニングしている

野球部も今日はいない。

教職員もほとんど正月休みでいない。


しーんとした、

いつもとは比べものにならないくらい

穏やかで、静かで、

優しい学校。


その日はとても寒かったけれど、

空は真っ青で

校舎は太陽の光でいっぱいだった。



事務室に入ると、

管理職から

「顔色がよくなったね。

元気そうじゃないですか。」

と言われた。


事務室で一通り書類の手続きをし、

さあ帰ろうと思った時。

管理職から一言。

「職員室でも、

寄って行ったらどうですか。」





なんてハードルの高いことを言うんだ、

と思ったけれど、

この静まり返った校舎を見る限り

ほとんど人はいないようである。



この頃にはだいぶ私自身も

気持ちが落ち着いていたので、

職員室を回ってみることにした。




うちの学校には、職員室が3つある。

私の机のあったメインの職員室に

まずは行ってみることにした。





中には、

秋まで一緒に仕事をしていた

優しい先生たちが

3人ほど座っていた。


「あら、久しぶり!!

元気でしたかー???」

「あっ元気そうですね!

よかったよかった!!」



先生たちは、

突然いなくなった私のことを

とても心配してくれていたみたいだった。


とても印象に残ったのは、

全員からこう言われたこと。


「あなたがつらそうにしていたこと、

気づかなくてごめんなさい。

転勤したてだったし、

大変だったと思う。

もっと話しかけるべきだった。」



突然泣きながら授業を放り出し、

逃げるように去ってから2ヶ月、

迷惑をかけた私について

みんなは優しい言葉をかけてくれた。



そこにいた年配の先生が

こう言ってくれた。

「あなたが通勤のとき、

よく見かけていたんだけど、

だんだん表情が暗くなって、

つらそうに見えた。

声をかけようかすごく悩んだ。

でも、やっぱり話しかけるべきだった。

気づかなくてごめんね。


私も、あなたと同じクラスで

授業してたけれど、

すごくあのクラス苦手って思ってた。


あなたも、同じ気持ちだったなら、

もっとお互いグチを言い合えばよかった。

とにかく、今は何も考えず

たくさん休んでね。」




このとき、


私の中で何か大きく

変わったように思う。




目の前のしんどさ、

生徒のかわいげのなさ、

授業力の低さに

すっかり打ちのめされていたけど、

もっと周りに


「助けて」



って、言えばよかった。


そして、同僚の何人かは、

その「助けて」を

受け止めてくれる人たちだった。



誰も私のことを責めずに、

口々に

「気づかなくてごめんね」

と言ってくれたとき、

なんだか急に力が抜けていったのでした。


今から思えば、

辛くて辛くて仕方がなかった日々、

心のどこかで

「誰か私のしんどさに気づいて」

「誰か金曜に飲みに誘って」

「なんで誰も私の辛さに気づかないの」

って、

同僚に向けて

苛立ちを感じていたのかもしれない。



助けても言えず、

自分から飲みに誘うほど勇気もなく、

同僚と距離を置くことで

同僚に八つ当たりしていたのかも。



でも、

みんないい人たちだった。




学校からの帰り道、

実家で私を待っている

お母さんにメールした。


「書類の手続き終わった。

職員室にも入れて、

先生たちにもあいさつできた。

みんな優しかった。

これだったら、

復帰できるんじゃないかって、

ちょっと思った。」



というわけで、

よい子は復帰に向けて

気持ちを少しずつ切り替えていくことに

なったのでした。




さらばだよい子。また明日。