よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

デキる人、デキない人

よい子を続けて29年。

こんにちは。せかい工房です。

高校教員ですが、適応障害のため

半年休職し、4月から復帰しました。





今日は土曜出勤です。

分掌の仕事が終わりません。

でも、一緒に仕事をする人が

とてもいい人たちばかりなので

去年より心理的にはずっと気楽です。





金曜の夜は11時すぎまで

ああでもないこうでもないと

時間割調整をみんなでしていました。


脳みそもいい加減、

とろけそうなぐらい

みんな疲れきっていました。



そんなとき、

バリバリ働くキレ者の

A先生がぽつりとつぶやきました。



「みんな、

忙しくて授業できないとか

この仕事できないとか言うけど、

大人なんだから

ちゃんとやれよ、って思う。


特に自分は

気が短い方だから、

サボってたりのろのろやってたりするの

心の中で

さっさとやれよって思ってしまう。




なんで、仕事の負担が

できる人ばっかりに

押し付けられないといけないの。」





これを聞いて、私は思った。



これは、

自分がデキる人でないと

言えない言葉だなって。



これまで、

私は自分のことを

デキる人の側だと思ってた。


でも、

教員になってみるとどうだろう。

小さなことでくよくよ悩み

決断もできず、

ストレスを抱えて

授業も投げ捨てて

泣きながら逃げるように

学校から飛び出したあの日から、

自分がどれくらい

できないことがたくさんあるのか

ありありと実感した。



今まで

学校ではテストの点もいいし

採用試験も一発合格だし

世間では

ヒエラルキーの割と上の方だと

ずっと思ってた。




でも

蓋を開ければ

授業準備もできず

簡単なホウレンソウも忘れ

凡ミスも多い

プレッシャーに弱い

完全に戦力外の人間。





プライドを1つずつへし折られて

学んだことはとても大きかった。




自分にはできることと

できないことがあって、

他の人も同様に

できることとできないことがある。



それは、人それぞれ。


たとえその人ががんばっても、

できないものはできないことがある。






だから、

私はもう人のことを言えなくなった。


あいつがデキない、

あいつはデキる、



誰かを評価することそのものが

自分に全てかえってくるのだから。




そう思っていたら


私のとなりのB先生がこう言った。



「ぼくは、もう年だから

今までできていたことが

1つずつできなくなっていく。


去年できたことが、

今年はできない。



1つずつできないことが増えるとね、

他人に対して

もっとあいつがんばれよ、とか

あいつはサボってる、って

思えないようになったんだよ。




デキる人はできるけど、

残念ながら

デキない人はできない。



ぼくはもう

そちら側になってしまったから

デキない人の気持ちがわかるんだ。


A先生はまだ若いけれど、

きっと年をとっていくと

わかることがあるかもしれないよ。」





A先生は、

ちょっと考えて

「うん、私は短気だから、

何かできなくなると

余計に自分ができないことに対して

反動が大きくなるかもしれませんね。」







人は

サボってる、サボってない以前に

それぞれキャパが違うのだ。




私が失ったものは、

裏を返せば

何かを得ているはず。



それが世間一般のものさしで言う

「メリット」的なことではなくても。



12:00に出勤して

19:00退勤でした。


土曜日が2回あればいいのにな。

私、4月から飛ばしすぎだなあ。

やっぱり、

まじめなよい子は

まだまだ抜けそうにありません。





さよならよい子。また明日。