よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

本当に悪いのは、空気が読めないことじゃない

よい子を続けて29年。

こんにちは。せかい工房です。

高校教員ですが、適応障害のため

半年休職し、4月から復帰しました。





うちの学校には、

いろんな先生がいる。



「ザ・先生」な、

熱くて生徒好きで品行方正な先生、

5時ダッシュで

絶対に残業しない先生、

言い訳ばかりの先生、

昔気質の怖い体育の先生、

癒し系のおじいちゃん先生、

などなど。



その中に、

発達障害らしき先生もいる。







なぜか人付き合いがうまくいかない、

空気が読めない、

実は自分は発達障害だったのだ、

と後々わかったケースは多い。



発達障害の知名度が上がるにつれ、

子どもの発達障害だけでなく

大人の発達障害

よく知られるようになってきた。





そして、

様々な職場に発達障害の方がいるように、

学校の先生にもそういう方がいる。





その先生は悩んでいた。




自分が空気が読めないこと、

生徒や保護者とうまくいかないこと、

空気が読めてないのに、

なぜか自分が嫌われたり、

迷惑がられたりする瞬間は

わかってしまうこと。





確かに、その先生は空気が読めない。

みんな必死で事務作業したり

授業準備をしているのに

延々と自分の趣味の話をする。


からかい発言を

何度も繰り返して、

相手をやや不快にさせてしまう。

生徒も、

その先生と合う合わないが激しい。






しかし、

その先生がすごいところは

生徒を誰1人見捨てないことだ。





どれだけ出席停止になっても、

何度万引きを繰り返しても、

何度も家庭裁判所に付き添っても、

警察沙汰になっても、

その先生は  

生徒を見捨てるということをしない。





そして、生徒にうそをつかない。

適当にごまかしたりしない。

わからないことは

きちんとわからないと言う。





生徒に誠実に向き合うということは、

本当に体力がいることだ。




生徒の中にスクールカーストがあるように

教員にもスクールカーストがある。





おもしろくて指導力があって

適度に力が抜けていて

要領のいい先生が頂点。

それはもちろんそうなのだが、

あとは

キャラがおもしろかったり

ジョークがうまかったり

授業は適当なのに

人間的に魅力のある教員。





生徒はしっかり

教員同士の力関係、

教員のスクールカーストを見ていて

頂点にある教員に従う。



そして、

不器用で

空気が読めなくて

おもしろいことも言えない

真面目しか取り柄のない教員は

頂点の教員に見下されている。

生徒もそれを感じ、

カースト下層の教員を

「見下していい教員」と判断する。




ただし、

頂点の教員が

生徒に誠実かというと

そうでもない場合がある。




もちろん、

生徒の一言一言を

全身で真剣に受け止めていたら

体がもたない。




だから、

要領のいい先生は

適度なところで線を引く。




生徒が、勉強をがんばると言う。

表では、応援する。

裏では、どうせあいつ

すぐへこたれるだろうからと

授業の準備も適当にする。




部活をがんばりたいという生徒がいる。

応援するふりをするけど、

どうせあいつは

すぐ辞めるだろうからと

部活を見に行くことはしない。





でも、

その発達障害の先生は

生徒の前向き発言を

全身で受け止める。

もちろん、

へこたれたり

諦めることは織り込み済みだが、

準備に手を抜くことはしない。




精一杯信じて、

ばっさり裏切られるのだ。





生徒のきまぐれの更生に

全身で向き合って、

そしてあっさり裏切られるのだ。






不器用だけれど、

その先生は

誰よりも生徒に誠実で

誰よりも教員という仕事に誠実だ。





今の世の中、

力のうまく抜けている人や

要領のいい人が勝つ。




ガチガチに力が入っていたり

真面目にビッチリ仕事する人より

相手に合わせて

要領よく形を変え、

アソビを忘れない人。





そんな人が

私は大嫌いである。




もちろん、

それはそんな人が

羨ましくて仕方がないからである。





ナオコという

いろいろなことを

考えすぎてしまう女の子がいて

主人公の男の子に

「もっと肩の力を抜きなよ」

と言われるシーンがある。

ナオコはこう返すのだ。

「どうしてそんな無責任な事が言えるのだ。


力を抜いたら、

自分はバラバラになってしまう。

これまで自分は

こういう生き方しかできず、

これからもそうなのだ。」


と。





ナオコの気持ちが、

痛いほどわかる。



考えすぎだよ、とか

もっと適当に、とか

真面目すぎる、とか



そんなの自分で

コントロールできないのだ。




だから、

真面目をバカにする人は

私は大嫌いだ。


これじゃあダメだと

誰よりもわかっているのは

自分だからだ。

そして、

力を抜こう抜こうと

「真面目に」つとめて、

そうできなかったと諦める。

そのサイクルを

今まで数え切れないほど

繰り返しているのだ。





その発達障害の先生は

空気が読めなくて

真面目で
 
全力で

そして多くの人に

敬遠されている。




そういう私も、

自分の心に余裕のないときは

その先生を

少し邪険にあしらってしまう。

そんな自分もつらい。

結局は、

その先生をカゲで笑っている

教員や生徒と同じなのかと。




だから、忘れないようにしたい。

たとえ空気が読めなくて

不器用で

まわりとうまくいかないその先生は

本当は

学校の中で一番

誠実な人なのだと。




そして、

問題は

その先生が

空気の読めないことなのではなくて

空気の読めない人を敬遠してしまう

余裕のない社会なのだと。





就活でも

口を開けば

コミュニケーション能力。

教員の世界でも

猫も杓子もコミュニケーション能力。




カンジよくて

空気が読めて

ごまかしがうまくて

要領がいい、

そんな人間が生きやすい、

逆に

そうでない人間が生きにくい世の中は

最高に気持ちが悪い。






どうかその先生が


ゆっくり休めますように。