よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

友だちがいなくなって

よい子を続けて29年。

こんにちは。せかい工房です。

高校教員ですが、適応障害

半年休職し、4月から復帰しました。




つい最近、

大学の後輩が亡くなりました。

自ら、命を絶ったようです。

詳しいことは全くわかりません。




ただ、彼はとても明るくて

いつも笑顔で

自分に正直で

海外の途上国で働くことを

とても誇りに思っているような人でした。





彼のお葬式に行った後輩たちは、

どうして相談してくれなかったのだろう、

なぜ、辛いと言ってくれなかったのだろうと

とても悩んだと聞いています。



まさか、

あんなに明るくて強くて

困難にめげないような彼が、

なんで死んでしまうんだろうって。





彼が一体何に悩んでいたのか、

どうして自殺してしまったのか、

私にはわからない。




わからないけど、

自分も死にたいと思ったことはある。   




そのときは、

誰かに相談しても

この辛さは私が死ぬまで

ずっと抱えていかないといけないのだと
 
生きることに

もう疲れた、

と感じた記憶があります。




あんなにお母さんもお父さんも

友だちも兄弟も

とても心配してくれた。



そのありがたさを感じつつも、

心ではこう思っていた。



人は1人で生きていくのであって、

彼らの誰も

私とつきっきりで

生きていくことはできない。


この悩みは

死ぬまで自分1人で抱えていって、

悩みを乗り越えたと思っても

また新しい悩みが生まれて

そうやってまた苦しんで、

その繰り返し。




そんなこと、

一体いつまで続けるのだろう?


ああ、もう疲れたなあ。



私が死んで、

お母さんは泣くだろう。

お父さんは、なんで、って思うだろう。

友だちも、悲しむだろう。




だけど、そんな彼らも

いつかは死んでしまう。



彼らが悲しむところを

私が見ることはない。




長い目で見れば、

自分が死ぬことも

誰かが悲しむことも

一瞬のできごとなのだ。




じゃあ、もういいじゃない。


もう、じゅうぶん頑張ったじゃない。






こう思って、

何度、地下鉄のホームから

落ちてしまおうとしたのだろう。



通り魔に刺されてしまいたい、

交通事故にあってしまいたい、




静かに、消えてしまいたい。





この気持ちがいつおさまったのか、

私は覚えていない。



ただ、

ちょうどその頃生まれた甥っ子の

あまりの小ささと

泣いてはすぐ顔を赤くする

はじけるようないのちを見て、

それから

いつの間にか

死にたいと思わなくなっていった。




あのとき、

甥っ子にいのちを救われたのだと思う。





亡くなってしまった後輩が

何を考えていたのかはわからない。



わからないけど、

もういなくなってしまいたい、

もう消えてしまいたい、

もう自分、頑張った、

もう、いいよね。



そう思う気持ちはわかる。




私も、

もしかしたら

そっち側にいってしまったかもしれない。



そして、

これからも

そっち側に行きたくなるかもしれない。




彼がいなくなって

やはり悲しい気持ちはあるけれど、

1番強く思うのは、



おつかれさま、頑張ったね



の気持ち。





彼が

どうか天国で  

心安らかにすごせていられますように。