よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

人間関係を捨てるクセがある

こんにちは。せかい工房です。

 

盆休み明けの不安で

 

昨日は2時まで泣きながら

 

気付いたら寝てました。

 

 

連休明けはいつもこうだ。

 

 

仕事に慣れてきても

 

連休をはさむと

 

気持ちの谷間にはまり込んで

 

出てくるのに時間がかかる。

 

 

私にとって、

 

「連休」というシステムが

 

合ってないのかもしれない。

 

 

 

仕事への疑問を感じないくらい

 

思考停止状態が続くくらい

 

365日働いて

 

考える時間のない方が

 

マシなのかもしれない。

 

 

 

 

 ところで、

 

 

私は人間関係を持続するのが

 

とても苦手である。

 

 

 

中学校の友達なんて誰もいないし、

 

高校の友達も5人に満たない。

 

大学の知り合いも

 

一つ目の学校で知り合った人たちも

 

少しずつ疎遠になっていく。

 

 

自分が困難な局面に出会うと

 

私はすぐ投げたしたがる。

 

そのときに

 

私が作っていた人間関係まるごと

 

どこかにすてて

 

まっさらなスタートを切りたいと思ってしまう。

 

 

 

仕事が変われば、

 

今私を助けてくれている人たちや

 

私を応援してくれている人たちを

 

きっと捨ててしまうだろう。

 

 

 

こんな自分でいいのだろうかと

 

いつも悩む。

 

 

 

女性はライフステージごとに

 

友だちを変えるというのは

 

よくあることだ。

 

友だちが結婚したり

 

子どもが産まれたりすると

 

自然と話は合わなくなっていく。

 

 

それに加えて、

 

私は何かを変えるとき

 

根こそぎ変えてしまいたいたちだから、

 

これまで培った経験も

 

人間関係も

 

放り投げてしまいたくなる。

 

 

 

これは、

 

自分が完璧主義であることと

 

大きく関係しているのだろう。

 

 

 

大きな白い画用紙に絵を描いていて

 

ちょっと間違えてしまったら

 

画用紙ごと取り換えないと気が済まないみたいに。

 

 

修正液で消すだとか、

 

違う絵に塗り替えるだとか、

 

まあいいか、誰も気づかないだろう、と

 

諦めるとか

 

 

そういうことができない。

 

間違えてしまった、

 

という事実そのものが

 

許せないのかもしれない。

 

 

 

 

 

だから、「A」の道を進んでいて

 

何か障害にぶつかったとしても

 

「A'」ならどうか、「B」ならどうか、

 

とは考えない。

 

 

全部やーめた、

 

私は「あ」という道に進むよ、

 

となってしまう。

 

 

 

先生をしてもダメなら、

 

塾の講師になろうか、

 

とか

 

保育士になろうか、

 

ではなくて

 

 

ケーキ屋さんか花屋さんになりたい、

 

と言ってしまう。

 

 

自分がその方面への知識が

 

まったくなければ

 

ゼロからのスタートになるし

 

間違えても恥ずかしくない。

 

 

 

まっさらな画用紙を手に入れて

 

やる気いっぱいで再スタートするだろう。

 

 

そしてまた途中でつますき

 

別の画用紙を求めるのだろう。

 

 

 

 

 そうやって、

 

仲良くなってきた人たちを

 

まるで着なくなった服を取り替えるみたいに

 

タンスにしまって

 

連絡も取らず

 

そのうち忘れてしまう。

 

あんなにお世話になった人たちに

 

何も返さないなんて。

 

 

つくづく自分は

 

ものごとが続かないなあと思う。