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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

誰から見た人生か

こんにちは。せかい工房です。

 

 

ぼちぼち、人事面談が始まる時期です。

異動希望の欄をどう書くか、とても悩んでいます。

 

 

 

私が理想とする人生は、

ピカソみたいに極端に何かに秀でているけど、その他がダメダメみたいな人。

 

 

でもそれはあくまでも理想で、もう少し手に届きそうな理想は

カンボジア発の一流ブランド「マザーハウス」を立ち上げた日本人女性。

 

 

もしくは、離島でアートや農業やゲストハウスのオーナーのような人。

 

 

既存の枠にとらわれず、既存の職業にもとらわれず、自分で自分の人生をデザインしている人に憧れます。

 

自分が1番そこから遠い人間ですからね。

 

 

 

最近、そんな理想の人生を考えているうちに思うことは

 

 

「ああーこれって、

せかい工房さん、すごいね!って

周りの人に言われるための生き方だなあ」

 

 

ということです。

 

 

そうです、褒められたいのです。

すごいって思われたいのです。

ただの教員じゃなくて、

もっとスタイリッシュに生きてみたい。

周りから見て、かっこいいと思われたい。

 

 

周りの視線を気にしすぎて、

自分が心地よい生き方とはどんなものなのか、よくわからなくなっているのです。

 

 

 それを現在の異動の話と重ねると、

 

 

私はすごい先生だって思われたいのです。

だから、もっとここの学校でがんばって、担任もやって、生徒とぶつかり合って、

夜回り先生のようにたくましい先生になる。

そして、授業だってただの講義形式じゃなくて、生徒が心から面白いって思うような、

知的好奇心をかきたてるような授業がしたい。

 

 

それが、私の先生としての理想。

 

 

 

でも、そんな先生になるって

ほんっとうに大変。

 

自分がいろんな講習に行ったり、学んだり、毎日毎日知識をアップデートしないといけない。

 

体力も精神力もいるし、

何より掲げる理想に向かうモチベーションがいる。

ビジョンもいる。

 

 

 

でも、それって、

誰かから見られてる自分、

褒められたい自分なのかもしれない。

 

 

だって、

私はすごく今の学校がつらいし

合っていないと感じているから。

 

 

 

校長にお願いして、

もっと時間にゆとりのある学校に

異動させてもらうように言おうとおもうのだけど、

 

さて、

まわりの先生はどう思うだろう。

 

 

ああ、あいつは結局

うちのような学校ら耐えられず、

生徒指導もできなければ

教科指導もできなかったやつだなって

思われるんだろうな。

 

 

 

でも、私の心地よい学校は

ここではなかったと思う。

 

 

もっとゆったりしていて、

クラスメイトに障害があってもなくても

顔がきれいでもそうでなくても

頭がよくなくても、賢くても

お互いがそれほど干渉しなくて

それぞれがのびのび過ごせるような

そんな場所に行きたい。

 

 

それが、たとえ先生として

エリートコースでなかったとしても。

 

たとえそれが

「ああ、あいつ指導から逃げたな」

って思われるような選択であっても。