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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

台風で休むことの罪悪感

こんにちは。せかい工房です。

 

本日、台風により学校が休校となりました。

 

しかし、3.11の大地震でも東京の会社はたくさんの人が出勤していたように、

学校ももちろん教員は出勤せねばなりません。

 

休校というのはあくまでも生徒のお休みであって、

教職員は運動場のテント片付けたり、ベランダの道具片付けたり、

生徒連絡したり、休校によってできなかった授業の振替のための時間割調整などをするために

だいたいの人は出勤するのです。

 

 

 

しかし!よい子を卒業したい私は、今日は一歩踏み出して

朝一番にお休みする旨を管理職に電話しました。

 

 

電話したあと、心臓がバクバクして止まらなかった。

他の先生たちは、みんな出勤してるだろうな。

なんであいつこないんだって言われてるのかな。

やっぱり、行くべきだったんじゃないか。

 

 

これ、夏休みにも似たような経験がありました。

 

始業式の前々日に休んだとき。

 

 

お休みをとったけど、もしかしたら暗黙の了解で、みんななんとなく出勤する空気になってる日だったかな。

誰が私のこと、うわさしてないかな。

 

 

 

あんまりにも気が気じゃなくて学校に行ってみたら、結局ほとんど出勤してなかった、という。

 

 

今日だって、たぶんそうだろう。

 

 

頭ではわかっているのに、心臓が意味もなく脈打つ。

 

特に火曜日は、私の1週間のリハビリ日なのだ。

時間割も余裕があって、残業しなくてよい日。

水曜日からは、また怒涛の日々が始まる。

火曜日に出勤せずして、私は水曜日を迎えて大丈夫だろうか。。。

 

 

 

こんな感じで、休みをとった罪悪感に加え、明日の心配までしている。

 

ほんと、自分でも病気だと思う。

 

休むと決めたなら、正々堂々と休めばいいのだ。

しかも台風で、これから日本列島縦断するんだから今出勤したところで、最悪電車が止まって帰れなくなるだけなのだ。

 

 

もやもやしながら布団でごろごろしていると、雨足がどんどん強くなり風もびゅうびゅう吹いてきたので、

うん、これくらいなら休んでも目立たないだろう、と、やっと安心することができた。

 

 

 

そんなわけで、私は堂々と繁華街の喫茶店でどしゃぶりの空を見上げ、コーヒーを飲んでいるのです。

 

 

 

思うに、仕事をしなければならない、休めない、と思いつめてしまう人には、共通する妄想があると思う。

 

 

 

それは、出勤だのなんだの言ってられないくらい、世界が破滅するような出来事が起こればなあってこと。

誰も傷つかず、不利益を被らない破滅的な出来事が。

 

 

 

自分の意思ではどうにもならないくらい、出勤できない正当な理由ができたらいいのにってこと。

 

 

 

休むには勇気がいる。

 

休むと決断すること

その罪悪感と戦うこと

今頃同僚は自分の陰口を言っていないかと心配すること

 

 

 

休んだって、心は休まらない。

 

 

 

でも、世界が破滅するなら、

みんな私のことどころじゃなくなるから、出勤しなくても大丈夫だ。

 

 

 

台風で被害をうける人たちには本当に申し訳ないけれど、私は台風が来て嬉しかった。

 

早く、「こりゃあ出勤せずに家で待機したほうがいいよ!」と管理職が命令を出すくらい、風が吹けばいい。