よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

自分の高校時代に固執する

こんにちは。せかい工房です。

 

今日、ふと自分の高校のホームページを見ました。

 

私は母校が好きです。

 

熱心に勉強する真面目で静かな生徒たち。

授業中は、生徒が手をあげて、先生によく質問をしていました。

部活は体育会系はちっとも強くなかったけど、文化部はさかんでした。

 

基本的に運動オンチだけど、はじけられないけど、それでも人のいい、真面目な生徒たちが多くて、

そんなところも好きでした。

 

 

母校の進学実績を見ていると、

 

東大、京大、阪大に数人ずつ

早稲田、慶応に数人ずつ

残りは地元の公立大に進学。

 

 

ものすごいエリート学校ではないけれど、

それでも県下では有名な進学校だった。

 

 

生徒や保護者の口コミを見ると、

星が4つもつけられている。

 

 

「先生が親身に進路相談にのってくれる」

「放課後は仲のいい生徒で勉強し合う」

「子どもをここに入学させてよかった」

「みんな大人だから、いじめがない」

 

 

ああ、私が勤めている学校と大違いだ。

 

私は、なんて平和で素晴らしい学校にいたのだろう。

 

廊下で奇声をあげるやつもいない

イヤホンしたまま、堂々と遅刻しにくるやつもいない

廊下にある美術部の作品を壊すやつもいない

ツイッターでいじめをするやつもいない

 

 

 

こんなやつらと、私は違うんだ。

私はお前たちよりずっとかしこい場所からやってきたんだ。

 

 

 

 

ぼーーーっとそんな内容を読みふけっていると、改めて実感する。

 

私の母校はまじめで良い子が純粋培養されるところで、私はそれを今でも誇りに思っていて、そして「今」に向き合えないままずっと過去にとらわれているんだな、ということ。

 

 

 

進学実績なんて、後輩の進路じゃないか。

 

私よりも、ひとまわりも下の子どもたちの進学を見て、

どうして自分のことのように感じているのか。

 

たとえ母校が素晴らしい場所だったとしても、

かしこい大学に入学したとしても、

今私が向き合っている生徒に目を背けて逃げ出して、

困難から逃げようとしてるなら、

 

それは無責任なダメ人間じゃないか。

 

 

もう高校は通り過ぎた場所なのに、自分のピークのあった時代が忘れられずに

こうやって女々しく口コミサイトを見ている。

 

 

なんて悲しいことだろう。

 

 

自分が1番褒められていた時代から動けない。

 

まるでずっとバブルのことを語る40代みたいじゃないか。。。

 

 

 

過去は終わったことなのだ。

 

 

かしこい高校と大学に行ったけど

授業も満足にできず、

仕事が遅くて、

生徒1人叱ることができない自分の今から

目をそらしてはいけない。