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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

学校のトイレにこもって泣いて、授業をすっぽかして逃げ出してから1年

こんにちは。せかい工房です。

 

寒いと思ったら、もう11月なんですね。

 

適応障害で学校を休んだあの日から1年が経ちました。

 

あのとき、たしか2時間目に授業があって、1時間目は空きコマだった。

 

授業の準備はおわっているのだけど、授業の教室に行くのが怖くて、授業するのが怖くて、職員用トイレの1番奥の個室に入って、ずっと泣いていた。

 

お母さんのメールにあった、「つらいときはお母さんが見守ってるよ」という部分をスクリーンショットで撮影して、

それをずっとトイレで眺めていた。

 

涙が止まらなくて、ああ、もうあと10分で授業が始まる!なんとか泣き止まなくては!とトイレから飛び出したら、ドアの前で出会った先生に「あれ?泣いてた?大丈夫?」と言わた瞬間、もう我慢できなかった。

 

 

あの時のことは、なぜか見えていないはずの自分の表情まで思い出せそうなほど、鮮明に記憶に残っている。

 

 

そして10月の末のある日、私は学校から逃げ出した。

 

 

電車のホームで、ここで一歩踏み出したら、学校に行かなくていいんだ、と思わない日はなかった。

 

 

日曜日の夜は、頭がおかしくなるくらい明日が来るのが怖くて、一人暮らしのわんわん泣き喚いていた。

 

 

 

一年後の自分なんて、全く想像できなかった。

 

 

 

このブログを書き出して、復職してからこの日を振り返ろうと思っていたのだけど、Xデーはいつのまにか過ぎ去り、うっかり11月になっていた。

 

 

 

去年の自分に言えることがあるとしたら、なんて言ってあげられるだろう。

 

 

正直な話、「1年経って、慣れたらそんなにつらくないよ」と言ってあげたいけど、去年の私はそう言われたところで何も響かなかっただろう。

 

 

 

よく、「とりあえず3年働け」という。

 

一年経って、冷静になると、あながちその言葉は間違いではない。慣れると人はそれだけラクになるものだ。

 

でも、慣れることのできないつらい仕事だってある。

 

電通の過労死の件だってそうだ。

 

今が逃げるタイミングだよ、なんて、まわりは誰も言ってくれない。

 

自分の健康と、最悪の場合は自分の命と引き換えに、逃げる「このとき」というタイミングを知るのだろう。

 

 

そう思えば、休職したことは正しかったと思う。

 

人生は、何かをすっぱり辞めるとか、何かをずっと続けるとか、0か100ではないのだと、白か黒かでは決められないものなのだと、身を以て知った。

 

完璧主義では生きてはいけないし、かっこ悪くても、みじめでも、誰かに助けられて生きなければならない。

 

そして、助けられることは思ったよりもみじめではない。

 

 

今日は保護者懇談が2つあった。しかも、飛び入りの。退勤時間は8時をまわっている。

 

 

それでも、去年と比べたら全然ましだ。

 

 

今日も10時に寝て、明日も手を抜いて、できるところだけがんばって生きていこう。