よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

明るくて頑張っていて快活な人間じゃないと生きる価値がない

こんにちは。せかい工房です。

 

30歳です。高校教員をしています。
適応障害で昨年10月に休職、その後復職しました。

 

 

学校ではテストが始まりました。

 

生徒はテスト勉強でたいへんですが、教員にとってはお昼ご飯をゆっくり休憩時間に食べることができる貴重な時期です。

溜まっていた書類仕事や事務作業ができます。

 

 

生徒も早く帰るため、職員室ではいつもはできない生徒の話をしたりします。

 

 

その中で驚くことがたくさんありました。

 

 

まずは、文化系の部活の生徒は教員からもバカにされていることです。

 

 

例えば、あまり人と話をしないマンガ研究会に入っている生徒に対して、運動部の生徒が「あいつ暗い奴だな」とからかっているならまだ話はわかるのですが、教員でさえそう言うのです。

 

 

あいつ、変な奴だな。

 

気持ち悪い奴だな。

 

 

私は人に危害を加えたり暴れ出したりする不良は大嫌いですから、そういう生徒に対してはグチを言います。あいつは人として終わっている、とか、毎日思います。

 

でも、ただ大人しくて静かで1人の世界に入っている生徒をあげつらってからかうことはしません。

 

 

驚くことに、教員にはそういう生徒をからかう連中がたくさんいるのです。

 

 

人は、スポーツしていて明るくて友達がいない人間でなければ、生きる価値がないのでしょうか。

 

 

バスケ部は大会に行くと褒めてもらえるけれど、演劇部が大会に行くと「えっそんな部活あるの?うけるんだけど」みたいな反応を生徒も教員もしているのです。

 

 

 

世の中は、明るくて何事にも全力で取り組んでいて、快活な人間じゃないと認めてくれないのでしょうか。

 

 

生きづらい世の中だなあと思います。

 

 

 

教員がそういう文化系の生徒をからかうのを見ていると、こいつらの脳みそも全部筋肉なんだろうなと思います。

単純な思考で、すごいなあと思います。

自分がマイノリティになった経験なんて、一度もないのでしょう。

 

 

 

まあ、一緒に仕事するなら暗くて何も話さない人よりも、ある程度人当たりが良くて明るい人の方がいいとは思いますが。

 

 

 

どこに行っても、自分が自分らしくいられる場所なんて、ないような気がしています。

 

 

なんだか今日は本当に疲れました。

 

一体、自分は誰に何を怒っているのかもわからないほど、いらいらしました。