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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

「予想外の仕事」というだけでパニックになる。

こんにちは。せかい工房です。

 

30歳です。高校教員をしています。
適応障害で昨年10月に休職、その後復職しました。

 

 

あまりにも予想外の仕事が立て込んできて、今日出勤しています。

 

 

休みの日は休む。休日出勤しない。

 

が、モットーだったのに。

早くもルール崩壊です。

 

 

金曜日に、やろうと思っていた授業準備は全く手につかず。

 

金曜日の会議やら出張やらで、思いもよらない仕事がわんさか出てきて、わたわたしてたら金曜日はいつのまにか終わっていました。

 

 

私は予想外のことが苦手です。

 

 

予想外の仕事が増えると、その総量がどれくらいなのか冷静に見極める前に、「予想外」だということだけでいっぱいいっぱいになっえしまうのです。

 

 

昔はそんなことなかった。

 

どちらかというと、臨機応変な方だと思っていた。

 

 

でも、自分に余裕がなくて、自信もなくて、時間もなくて、友達も信頼できる人もいない場所では、臨機応変にできないんだということを発見。

 

 

 

臨機応変って、自己肯定感が持てる場所だと発動できるものだったんだな。

 

 

 

予想外の仕事の正体は、細々した連絡だったり、プリント直しだったり、授業作りだったり、重たいものから簡単なものまである。

 

 

それを整理して、分解して、一つずつ単純な作業にすれば、仕事の全貌が見えれば、思ったより大変じゃないのかもしれない。

 

 

 

でも、私は仕事の整理が怖いのだ。

 

 

とんでもない重量級の仕事が出そうな気がして、細かい仕事でも、相手が電話に出ないとか、ちょっとしたこと伝えるだけなのに伝達するまでに3日かかるとか、そういうロスが明らかになるのも怖い。

 

 

 

TO DOリストが膨れ上がるのを見るのが怖い。

 

 

 

私の給料半分あげるから、誰か事務作業だけでも手伝ってほしい。

 

 

 

客観的に仕事を分解、整理できる人になりたい。

 

 

 

何が必要で、いつまでに何をするのか、考えられるようになりたい。

 

 

もっというと、キャパを大きく超える仕事はしたくない。

 

 

失敗体験ばっかり募るような日々を過ごしたくない。

 

 

 

どうして成長するときは、大きな苦しみが伴うのだろう?

 

 

どうして、階段を一つずつ着実に登るような、穏やかなやり方ではダメなのだろう?

 

 

 

限界を超えるのに、どうしていちいち自分と向き合ってボロボロになるまで苦しむ必要があるのだろう。