よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

この一年の変化。仮眠室で寝なくなった

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

復職して、約一年が経ちました。

 

昨年の今頃、復帰するかしないか悩みに悩みながら、実家で両親と暮らしながら、友人と会ったり、ご飯作ったり、散歩したりしてた。

 

 

復帰を決めたあと、最初の授業が始まってからは、緊張と焦りで毎日動悸がしたし、勝手に断薬したせいもあってめまいがすごかった。

 

下りのエレベーターの、ひゅっと背筋が寒くなる、あれがずっと続いて自転車乗ったり歩いたりするのもつらかった。

 

 

だから、空き時間は必ず仮眠室に行った。

 

一コマ終わったら、仮眠室。

 

三コマ連続のときなんか、ヘトヘトで倒れそうだった。

 

毎日家に帰って、10時に寝て朝は7時に起きた。

 

9時間睡眠。

 

それでも、やっとやっと体が動く程度なのだ。

 

 

この一年経ってみて変わったことは、まず仮眠室に行かなくなったこと。

 

夏休みを境に、たぶん大丈夫になってきたのだと思う。

 

そして、親と毎日のように電話をするようになったこと。

 

今でも、週に2回は必ず電話をする。

 

前は辛いことがあった時に電話をしていたけど、今は嬉しいことがあったときとか、とりとめもないこととか、保護者と懇談がうまくいったときとか、そういうことも話すようになった。

 

 

つらかったり、逆に特別なことがなくても、親と話すようになった。

 

 

大切なのは、誰かがいつも話してくれる、誰かがどこかで、いつも私を見ている、いつでも、誰かに連絡がとれる、という安心感だ。

 

 

まるで自分が本当に幼い子どもみたいで恥ずかしいのだけど、わんわん泣いたら必ず誰かが来てくれる、その信頼感をもう一度私は誰かに求めている。

 

 

30歳になると、友達が次々結婚して、子供を産んで、夜中に電話をかけたり、つらい日に突然家に遊びにいったり、そういうシェルター的な場所が1つずつなくなっていく。

 

 

親から離れて、自立して、これまで積み上げて来た生活やこつこつ作って来た居場所や人間関係が、自分と違うところで少しずつ自分からなくなっていく。

 

 

それに、心がついていかなかったのだろう。

 

 

先月から、特にお母さんに電話をかけることが多くなった。

 

 

一年経って、自分でも気づかない間に疲れがたまっていたこともあったし、逆に年度末になるにつれて、授業や分掌の仕事が1つずつ終わっていく開放感もあって、余計に誰かに話を聞いて欲しくなるのだと思う。

 

 

私が最近、本当に結婚したいと思うのは、決してまわりがしているからとか、女は結婚すべきだと思っているからじゃない。(ちょっと前まではそう思うこともあったけど)

 

 

結婚したいと強く思うのは、そばにいて、私と時間を共有して、お互い、励まし合い、一方が倒れた時は、どちらかがそれを支え、それがお互い入れ替わりながら生きていく。そんな、安全保障としてのパートナーを求めているからだ。

 

 

「健やかなる時も、病める時も」

 

 

クリスチャンではないけど、この言葉の重みと深さには胸を打たれる。適応障害にならなかったら、この言葉の本当の意味はわからなかっただろう。

 

 

たぶん、入籍とか、結婚式とか、それが私の求めるものではないのだな、というふうに考えが変わって来た。

 

 

つらい夜に、一緒にこたつにはいって、隣に誰かがいて、とりとめのない話をすること。

 

 

それができたら、正直女でも男でもそうでなくても、何でもいいのだと思う。

 

隣に、人の形をしているものがあればいい、と言ったら極端だけど。

 

 

昨年の日記を読み返すと、胸が震える。

 

こんな緊張の中で、よく生きてたな。

 

こんなガチガチの自意識の中で、よく一年生き抜いたな。

 

えらかったな。

 

仮眠室もいつしか行かなくなったし、分掌でも大きな仕事を任されることもあった。

 

もちろん、お荷物人間として今年はスタートしたけれど、お荷物なりに貢献できたことはそれなりにあったし、何より授業を最後までやったんだ。

 

バッターボックスに立ったんだ。

 

あたし頑張った。

 

 

仕事から帰って来て、授業のプレッシャーから解放された実感がなくてふわふーしてたけど、こうして自分に手紙を書くように、1つずつ感じたことを言い聞かせていると、涙がたくさん出て来た。

 

何万人もの人に、1人ずつに言って回りたくなった。

 

わたし、3学期までやったよって。

 

この事の重大性は、わたし自身にしかわからないことだから、今日は自分でたくさん自分をねぎらって、思い出にひたろうと思う。

 

今はアイス食べて、漫画読んで、煮物を作りながらブログも書いている。

 

なんて平和なんだろう。