よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

彼氏の信仰

こんにちは。せかい工房です。

 

今年30歳です。

高校教員をしています。

 

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

 

 

復職して丸一年がたちました。

 

 

本来なら、復職1年祝いをしたいところですが、それどころではないことが起きました。

 

 

お付き合いしている彼氏が、学会員でした。

 

 

友達に相談しようと思ったけれど、自分で一度じっくり考えたい、でも、誰かにこの思考の過程を見守ってもらいたい、そんな揺れる思いの中、この話を書こうと決めました。

 

 

幸い私は

 

「宗教=気持ち悪い」

 

の思考の持ち主ではありません。

 

もちろん、日本ではこう考える人がいても、何もおかしくないですけれど。

 

 

私は大学のときに、いろんなルーツの人たちに出会いました。

 

留学生もたくさんいて、キリスト教徒も、イスラム教徒も、ユダヤ教徒もいました。

 

日本人のプロテスタントの方や、学生で改宗した人とも友だちでした。お寺の家の人もいました。

 

 

創価学会の人と会うのは初めてです。不思議なことに。きっと身の回りに実はいたんでしょうね。

 

 

まあいろんな人たちと友だちだったおかげで、

「宗教=気持ち悪いのは、それについてよく知らないから」

ということだと思っています。

 

信仰心の厚い人もいればそうでない人もいることや、無神論者でもいい人もいれば悪い人もいる、という当たり前のことを、自分なりに肌感覚でわかっているつもりです。

 

 

論理的な宗教なんてない。

 

不合理な世の中に、なんとか答えを求めているものなのだから、理路整然として納得いくものではないのは当たり前だと思ってます。

 

 

 

まあ、彼がバリバリの学会員だと少し不安もありますが。。。

 

 

やっぱり、ネットでも新聞の勧誘や選挙の誘いなど、ネガティヴな話が多いですしね。

 

 

宗教=気持ち悪い

 

とは、単純には思いませんが、気になることはいくつかあります。

 

それは、私がまた、適応障害になったとき、

「それは信心が足りないからだよ」

とか、

「もっとお祈りを頑張らないと」と言われないかということです。

 

 

 

私がつらいときには、寄り添って欲しい。

頑張ったね、大変だったね、って、そばにいてほしい。

 

 

前に結婚を考えていた元彼は、私が適応障害になったとき

「(教師は)自分で選んだ道だろう。もっとがんばれよ」と言った。

 

あの時のガッカリした気持ちは忘れられない。

 

正しいことを言うけど、この人は、私が苦しいときに必ず味方になってくれるわけじゃないんだな、と、スーッと気持ちが冷えていったのを覚えている。

 

 

 

もし、私の大好きな母が死んで、

「信心が足りないから地獄にいく」

と言われたら、それこそ立ち直れないかもしれない。

 

 

そして、1番情けないことだけど、

彼を逃したら、もう私を好きでいてくれる人には出会えないかもしれないと思っていること。

 

子どもがいて、優しい旦那さんのいる同世代の友だちや、親戚の人たちに、また劣等感をもつ日々になること。

 

未婚の友人に対して、どこか、「私の方が先に進んでいるから」と上から目線になっていた情けなさ。

 

あの人、彼氏できたけど、創価の人らしいよ、失敗してるよね、と言われることへの恐れ。

 

 

そんなことが、彼との別れを足止めする。書き並べると、自意識の大きさにびっくり。

 

誰かと比べずにはおれない自分と、羨ましいと思われたい欲と、適応障害という過去の出来事を隠す自分が幸せな結婚をしてどんでん返しするところを職場の人に見せつけたかった欲と、本当に欲にまみれている。

 

 

私はもう学会と言わず、原始仏教に帰依したほうがいいのてはないか。

 

 

彼のことは好きだ。

 

 

でも、その好きは、

「メンタル弱くて仕事できないプライドの高い女が、幸せな結婚をした」というストーリーを描くために、自分で言い聞かせている「好き」かもしれない。

 

 

 

 

難しいなあ。

 

 

とりあえず、今は、創価学会に必要以上に振り回されず、彼自身のことをもう少しゆっくり時間をかけて見つめていこうと思う。

 

 

そして、彼ともっと学会員であることに対して、もっと色々聞いてみようと思う。

 

仕事で悩んでいるときには、信心とかを持ち出すのではなく、ただ味方でいてほしい、ということも伝えようと思う。

 

 

 

もうすぐ新学期。

 

 

何回か、体調を崩すだろう。

 

 

そのときに彼がどう出るか、それを見極めてからでも遅くないのかもしれない。