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よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

よい子、仕事をやめる。。。?

こんにちは。せかい工房です。

今年30歳です。
高校教員をしています。

一昨年に転勤先で適応障害になり、半年休職して、その後復帰しました。

復帰して1年が経ちました。

 

今日は激動の一日。

 

これ書いたら、もう頭オフしよう。

 

 

大嫌いな生徒と、一騎打ちの、今日。

 

 

あんなに注意したのに、遅刻を繰り返す生徒への指導。

 

 

今日という今日は言い逃れさせない。

 

 

今日も遅れて廊下で立ちすくむ生徒。

 

それを睨みつけて迎え撃つ私。

 

ここから、廊下での1時間の立ち話が始まる。

 

 

そして、わかったこと。

 

 

生徒の家庭が大変だったこと。

 

だから、いらいらして、どうしても学校に行きたくなくなったこと。

 

 

まああんまり詳しくは書けないけど。

 

 

ああ、やっと。

 

やっと本音が聞けた。

 

やっと、こいつの本音が聞けた。

 

 

まあ、家庭が複雑だとは、100も承知だった。

 

それを、承知で怒っていた。

 

 

就職したら、個人の言い訳なんて通用しない。

 

なんとなくいらいらして休む、では通じない。

 

約束を破るなら、破るならの流儀が必要だ。

 

家庭がこんなに複雑だ。

 

自分には手に負えない。

 

助けてほしい。

 

 

そう言われたら、会社だって、なんとかその子のためにしてやろう、配慮しようと考える。

 

そういうことなしに、突然休んだり、毎日遅刻したりしたら、理解が得られるものも得られない。

 

 

そんなことを、言いたかったけど、その生徒は感情的になってたし、もうそういうことを言っても頭に入らないだろうと思ったから、とりあえず、「君の気持ちはよくわかった。でも、ルールは守ろうな」と伝えた。

 

 

 

大人なら、家庭が大変なら、それを堂々と言える。

 

思春期の子供には、自分の家庭が大変だと誰かに打ち明けるのも辛いだろう。

 

 

なんだか、ルールってなんだろうな。

 

 

学校に来たくないなら、もうバイトして働きたいなら、そうしたらいいのだ。

 

その子を、無理やりに、学校の指導にのせて、ルールにのせて、生活させることに、意味ってあるのだろうか。

 

 

 

私は、この春、私のいうことを聞かないその子を無茶苦茶に叱り飛ばしてきた。

 

 

家庭が複雑なことも知っていた。

 

でも、本人の他人を馬鹿にするような視線や態度は大嫌いだったし、

配慮してほしいって言われてもないのに配慮なんかしたくなかった。

 

 

だから、遅刻が続いたら、無茶苦茶に怒った。

 

 

そのやり方が、間違ってたとは思わない。

 

 

でも、意味ってあるのかな、と思う。

 

 

 

学校の指導をしてたら、誰かを叱るたび、「これって、自分の言うことを聞かせたい、コントロールしてやりたいっていうただのエゴなんじゃないか」って、悩まない教師はいない。

 

 

悩んで、悩んで、見ないふりしたり、

 

でも、卒業後、風俗の世界でボロボロになっていく様子を風の噂で聞いたりすると、

 

やっぱり毎日遅刻せず、時間守って昼間に働く世界で生きるためにも、遅刻指導はいるんじゃないかと思ったり。

 

 

 

正しいことがよくわからないまま、勉強ではないことを教える教員は、本当に難しい。

 

 

 

自分自身も、学校という狭いハコの中で、ルールで生徒を縛り、自分のことも縛り、

 

私がルール守ってるのに、なんでお前らは破るんだ、という気持ちで指導しているに過ぎないのかもしれない。

 

 

 

なんか、こんなことに悩みながら仕事することに、今日は疲れた。

 

 

文章もめちゃくちゃ。

 

 

学校というものに、自分も縛られている気がする。

 

 

私はもっと、自由な私を見てみたい。

 

 

それは、世界を放浪するとか脱サラしてカフェやるとかわかりやすい「自由」でなくて、

 

 

例えば転職するとか生活保護受給するとか創価学会に入るとか

 

 

それが他人から見たらどう思われるだろうって考えずに、

 

 

自分の快・不快を基準に人生を決めていける自由。

 

 

そう思ったら、この仕事ってどうだろう。

 

 

 

去年よりは、タフになった。

 

 

授業前でも、緊張で死にそうと思うことは減った。

 

 

生徒に対して、デカイ態度で話せるようになった。

 

 

ある部分は、確かに伸びたけれど。

 

 

それは、伸ばして嬉しい能力だろうか。

 

 

より、磨きをかけたい能力だろうか。

 

 

ないに越したことはないけど、

 

その環境になければ、別にいらない能力じゃないか。

 

 

 

たとえば、幹事やるならおいしいお店選びの能力、大人数を収容できて、余興とかも考える能力はいるだろう。

 

 

 

でも、飲み会が嫌いで、付き合いも嫌いで、嫌いな飲み会に出ない、と決めたら、別にそんな能力もいらないだろう。

 

 

 

そう思ったら、なんか急に仕事辞めたくなった。

 

 

しがみつかなくても、いいのかなって思った。