よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

きっとわすれてしまうから、今書く

今日は日曜日で、今少しうとうとしている。

 

 

明日は月曜日で、いやだなーいやだなーと思いながらも、始まってしまえばそれなりに日々が進むこともなんとなくわかってきた。

 

 

これ、大きな進歩。

 

今までは、日曜日から月曜日までって一回死んで生まれ変わるくらい労力がいったわけで、でも今は、一応なんとかなる、とほんの少しだけど思うことができている。

 

 

今日、川上未映子の「きみは赤ちゃん」を読んで、どうしてもかきとめなければと思うことがあった。

 

 

本の中で、出産後、産休も育休もろくにとらずにいた著者が、仕事に復帰したときに、なぜか家事も育児もこれまでより完璧にしなければならない、と思い込み、フル回転して3品も4品もおかずを作って、ベッドを整えていく場面がある。

 

 

なんだか、今の自分と似ているような気がした。

 

 

病休あけて、1年無事になんとか働いて、私の今の正直な気持ちは、これでまわりに「うつとかメンタル弱めの危機に何回も陥るタイプじゃない人って証明できた」ということなんじゃないか。

 

 

みんなと同じだよ、おととしはちょっとたまたま体の調子が悪かったこともあったけど、あたしはみんなと同じで、ちゃんと仕事できて働けるよ、何度もメンタル壊すような人じゃないよ、信頼してね。

 

 

それを証明するために、この4月からこれまで以上にフル回転している気がする。

 

 

病休だったことを、リカバリーするみたいに、メンタル弱いっていうレッテルを剥がすために、みんなと同じだよって言うために、みんなに認めてもらうために、必死でやってきた。

 

 

でも、最近毎週土日どちらかが部活とか出張というのが続き、この忙しさに慣れているのか、または麻痺しているのかわからないまま、ぼんやりすることが多くなった。

 

 

今日、買い物して家に帰る途中、ふと思った。

 

 

病休中、実家で毎日眠り続けて引きこもっていたときが1番、自分らしくいられたなあって。

 

 

そりゃあもちろん働く必要もなく、家にいて何してもいいのだから、気が楽なのはもちろんなんだけど、

 

 

明日が何曜日であってもかまわなかったり、そばで優しく見守ってくれる家族がいたり、自分が自分のままで安心していられた時間だったように思う。

 

 

 

今は、仕事ができなければ学校にはいづらいし、授業準備ができてなければ教員として失格な気持ちになるし、部活もろくに運営できなければ、教員に向いてないって打ちのめされるし、

 

 

なんだか、いつも、何をしてても、自分の居場所を脅かされるような、試験をされ続けているような、殺伐とした気持ちになる。

 

 

学校は条件付きの居場所なのだ。

 

 

私が私らしくいれば、そこにはいられない。

 

 

仕事に慣れてきたのはいいのだけど、なんだか自分の居心地悪さをごまかしてごまかして、とりあえず麻痺させているだけのような気がして、自己肯定感がうまく持たずにいる。

 

 

 

今感じているこの気持ちは、間違っているのだろうか。

 

SOSなのだろうか。

 

生理中だから、いつもの気持ちの落ち込みなのだろうか。

 

 

 

困難を乗り切っても、また次の困難が出てくるのかって思った瞬間、心から絞り出されたようなため息が出る。

 

 

終わりのない、我慢と乗り越えと疲れと少しの達成感と次の困難への不安のループ。

 

 

最近、すごく老けたように思う。

 

 

年齢相応なのかもしれないが、明らかに顔の様子が違う。

 

 

こうやって、無限ループにとりこまれながら、歳をとっていくのか。

 

 

休みたい。のんびりしたい。

 

終わらない休みがほしい。

 

 

いや、終わりを自分で決められる休みがほしい。

 

 

最近は、頑張っているのではなくて、から回っているのだと気付いた。

 

 

先生なら担任はやっておくべき、30歳ならある程度仕事できているべき、いろんな「べき」で、頭がおかしくなりそう。

 

 

自分で作り上げた「べき」の呪いの中で、うまくまわりが見えない。

 

 

みんな、どうやってそんなに軽やかに働いてるの?

 

 

どうやって、そんなに同僚と楽しく話せるの???

 

 

最低限のコミュニケーションは取れるけど、友だちはできない。

 

 

何かを分かち合いたいと思える同僚もいない。

 

私と分かち合いたいと思ってくれる同僚もいない。

 

 

なんだかまとまらない文になった。

 

日曜日はいつもそう。