よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

6万回の思考をもっと楽しくしたい

最近、嫌なことからできるだけ避けるようになってきている。

 

 

確かに、どうしてもできないことはできないって言えばいいんやけど。

 

 

でも、自分の子どもが非行に走って警察に呼び出されるとか、例えばそういう嫌なことからは逃げられない。

 

 

捨てることはできるけど。

 

 

だから、本当に嫌なら逃げたらいいけど、今私の抱えている部活の問題は、たぶん逃げるのはダメなことだと思う。

 

 

たぶん、嫌なことでも、責任を持って覚悟してやらないといけないんだと思う。

 

 

 

排水溝のゴミ捨てみたい。

 

 

 

嫌だなって思うことを避けて避けて嫌がって後回しにして、

 

 

汚水が溢れ出てから対処してたら、ますます排水溝の掃除は嫌になる。

 

 

でも、習慣化して、毎週掃除するって決めてから、そしてカビハイターとか使ってカビを生えないように工夫したら、排水溝の掃除はそれほど嫌じゃなくなった。

 

 

部活も、そうかも。

 

 

 

人間関係とか、運営とか、大きな問題を後回しにして直面したくなくて逃げてきたけど、本当は小さいうちに芽を摘み取らないといけないんだな。

 

 

でも、もう遅いのかも。

 

 

学級崩壊したクラスみたいに、部活は半分壊れかけていて、私の言うことがほとんど誰にも届かない。

 

 

それでも、やらないといけないことには変わらないから、覚悟決めてやらないといけないんだと思う。

 

 

逆に、どうしたら楽しくなるかなって、頑張って思うようにしないと、ますます汚い排水溝を見てるような気分になって、しんどくなるのかもしれない。

 

 

部活を排水溝に例えると、排水溝をほとんど1人で掃除してる。

 

 

掃除分担は決めてるけど、みんなこちらから確認しないとすぐ分担を忘れる。

 

 

こちらも、掃除分担を割り振る予定表を出すのですらおっくうで、全然みんなと連携とれてない。

 

 

その間にゴミは溜まる、髪の毛はつまる、汚水が溢れる。。。。

 

 

しょうがなく腰を上げて掃除するのは、いつも私。

 

 

私だって、排水溝じゃなくて床の掃除とか、簡単なところやりたいのに。

 

 

しかもこの排水溝の掃除は、自分の家の排水溝ではなくて他人の家の排水溝なのだ。

 

 

ほんと、部活って排水溝みたい。

 

 

こんなんで、6万回の思考をたのしくできるのかな。

 

 

何が悪いのかな。

 

どうしたらいいのかな。

 

 

誰かに助けを求めても、アドバイスをもっともらしくしてくれる人はいても、苦痛の時間や難問を一緒にそばで解決してくれる人がいない。

 

 

ひとりぼっちだ。