よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

とんかつ

私が子供の頃、毎週水曜日は「父の食事当番の日」だった。

 

毎週土曜日は外食の日。

 共働きだった両親の、「料理」の仕事をお休みする日だ。

 

 

料理するのがめんどうだった父は、よく街中のデパートの高いおそうざいを買ってきた。

 

 

実質、水曜日は、「おそうざいの日」になった。

 

 

私の両親の世代といえば、共働きであっても家事は女性がして当然だった。

 

 

そんな中で、週一回の父の料理当番(例えおそうざいを買うにしても、買い物という家事を父はすることになる)を決定した母はずいぶんたくましかったと思う。

 

 

 

 

私が中学生のある日、母が仕事で家を開けることになった。

 

その日は水曜日。

 

本来ならば、父の食事当番の日だ。

 

今日の夜ご飯は何だろう?と家に帰ると、白い大きなお皿に大盛りのとんかつが3枚乗っていた。

 

 

父は、「あとはご飯よそって食べろ」と言った。

 

 

とんかつと、白いご飯。

 

 

 

嫌いな野菜もない、好きなものだけ食べていい日。

 

 

ごちそうのはずなのに、私は言葉にできない、何ともいえない、さみしい気持ちになった。

 

 

母だったら、必ずほうれん草かトマトをつける。

 

料理が苦手な母だったけれど、野菜は必ず食卓に出すように、いつも気にしていたからだ。

 

 

さみしかった理由は3つあって、

 

野菜がないことによって、母が今日はいないという事実が際立ったこと、

 

 

いつも野菜を大切にする母のこだわりが、父には通じていなかったこと、

 

 

そして、もし母が先に死んだら、父は「健康のために野菜を食べる」ということも気づかないままなのかもしれない、という、父に対するかわいそうな気持ちだった。

 

 

 

その日はみんな少しさみしい気持ちで、兄弟たちも黙々ととんかつと白ご飯を食べていた。

 

 

 

働いて、夕食の買い物をして、子供たちに栄養のあるご飯を作って食べさせることが、いかに大変なことなのか、今ならわかる。

 

 

例えおそうざいを買ってくるだけでも、大変なことだ。

 

 

父なりに、揚げ物なら子供も喜ぶと思って、いろいろ考えたのだと思う。

 

 

あれから15年以上たって、子供たちも独り立ちし、夫婦2人の暮らしが始まると、父は昼食当番になった。

 

 

帰省した時に、昼に父がうどんを茹でてくれた。

どんぶりには父の大好きなかまぼことカニカマと、大量のネギが入っていた。

 

 

父の料理も日々進化しているようだ。