よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

女性性を避けるクセ

私の家庭は共働きで、

 

母親は当時珍しく、理系の大学に進学した。

 

母の田舎では、大学に行く者も少なかったし、

 

母は当時、田舎の中でかなり晩婚なほうで、

 

雇用機会均等法の少し前の世代だったこともあり、

 

「女が働く」ということについてとてもリベラルな考え方をしてきた。

 

 

女性は、1人でも生きていけるよう、経済的に自立すること。

 

 

それは、はっきりと言われたわけではないけれど、常に母から伝わってきたものだった。

 

 

そのせい?なのか、自分はいわゆる女の子らしいものを、いつの頃からか敢えて避けてきたような気がする。

 

 

ピンク色の服や、長いサラサラの髪や、お菓子づくりや、結婚式やドレスへの憧れは中学生くらいのときに急に失われて、

 

 

20代になると、いわゆる普通の女子大生が着るような服や、巻き髪や、ヨーロッパの旅行や、きれいなレストランや、そういったものにも抵抗を感じるようになった。

 

 

人とは違うもの、女性らしくないものを、敢えて探そうとしてきたような気がする。

 

 

就活するようになると、一般職だったり、専業主婦をめざす人たちを軽蔑するようになり、極端なことでは、家事が得意な人も軽蔑するようになっていた。

 

 

 

今、私は仕事が嫌で嫌で、専業主婦になりたいと思うようになっている。

 

 

専業主婦には専業主婦の大変さがある。

 

 

それはある。もちろんある。

 

 

それでも、この日曜の夜に胃を射抜かれるような苦しみは味わうことは専業主婦にはあるのだろうか。

 

 

先日会った友人で、同じように適応障害で教師を辞めた友人がこう言う。

 

 

「共働きで私が四六時中カリカリしてるより、

 

収入は減るけど、家のことして、

 

元気でいた方がお互いにいいだろうって。」

 

 

その言葉に、私はとても複雑な気持ちになる。

 

 

彼女も理系の大学を出て、社会でバリバリ働くはずの人だったのに。

 

 

私はまだ、専業主婦に対する軽蔑がどうしても抜けきれなくて、

 

それでも、自分が結果仕事しながら家庭をやりくりできるほど力がなかったこともだんだんわかってきて、

 

 

思っていたよりも自分は無能で、

 

 

軽蔑していた専業主婦になるかもしれないという現実にうまく馴染めない。

 

 

母を裏切ってしまうのではないか、

母はがっかりするのではないか、

 

 

そんなことが頭をぐるぐるまわって、

 

また、自分の本当のところの快不快の判断ができない。

 

 

専業主婦になることが、一体誰の迷惑になるだろう?

 

 

これだから女は、とか、

大卒なのにもったいない、とか、

 

 

そんなこと言う人はいるかもしれないが、

 

世間という自分に見えていないぼんやりしたものに対して、

 

嫌われるのを怖がっているように思う。

 

 

 

だったら、いったん先入観をなくして、

 

本当は家のことやってるのが気質的に合うのかな、とわかったら、専業主婦になるのもありなんだろう。

 

 

でも、でも、でも

 

 

でもが止まらない。

 

 

みんな、そんなこと考えないのだろうか。

 

みんな、そんな難しいこと考えずに生きてるんだろうか。