よい子のやめ方練習帳〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

疲れないように「テキトー」にしてたら、別にこの仕事する意味なくなる

同僚と

 

「最近燃え尽きてる」

 

という話をした。

 

 

 

40人の子どもが入り乱れている中、

 

学力も違うしやる気も違うし

 

家庭環境も障害特性も違う、

 

求める進路も違う、

 

そんな生徒を相手にしていると

 

一人一人の学習状況や

 

進路支援を丁寧にするのは

 

もう無理。

 

 

絶対的に時間がない。

 

こちらも、むこうも。

 

 

むこうだって部活やバイトや

 

家族の介護がある中で、

 

ゆっくり教員と話す時間なんてないのだ。

 

 

 

「一人一人丁寧に見ようなんてね、

 

無理よ、無理。

 

採点だって、効率よくやらなきゃ。

 

だからね、

 

疲れないようにね、

 

テキトーにやればいい。

 

クラス経営も、授業も、

 

テキトーでいいんですよ。

 

クラス経営だって、

 

なんか問題が起きたら対応したらいい。

 

 

教員って、

 

生徒対応、保護者対応だけうまくても

 

教員同士でうまく立ち回れなきゃ、

 

結局評価されないよね。

 

そんなになんでもオールマイティに

 

できないよ。

 

なんかもう、疲れちゃうよね。

 

でもさあ、

 

こうやって、

 

どうせ生徒一人一人を

 

丁寧に見るなんて無理、

 

だからテキトーにやろう、

 

でないと倒れるって思ってから、

 

もうこの仕事に対して

 

何も情熱が持てないんだよね。

 

生徒のため、って頑張らないなら、

 

テキトーにそつなくこなすだけなら、

 

それ、教員である必要なくない?

 

って思う。

 

それくらい、

 

なんか最近は

 

燃え尽きてるんだよね。」

 

 

 

 

めっちゃ共感。

 

 

生徒に対して優しくもなれない。

 

親身にもなれない。

 

うまく距離をとって、

 

上手にそつなく授業や

 

生徒対応をこなして

 

日々を生きるだけ。

 

それだったら、

 

別に教員やってる意味って

 

ないんじゃないか。

 

 

 

進学させたい、就職させたい、

 

少しでも学力上げたい。

 

 

でも、生徒本人も

 

たぶんこれ以上力は上がらない。

 

本人たちも、

 

たぶん学校のそういう支援、

 

求めてなさそう。

 

 

毎日友達と会って、

 

バイトやって、

 

それ以上を学校に求めてない。

 

 

 

なんか、互いに

 

いらないものをおしつけあって

 

イライラしているだけな気がする。

 

 

少子化

 

うちの学校はもしかしたら

 

閉校になるかもしれないそうだ。

 

 

 

いいんじゃない?

 

 

学校なんて、友達と会うだけの

 

バイトとバイトの間の暇つぶし。

 

だったら、学校なくなってもかわまない。