よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

没頭できること

いつも人からどう見られているかとか、

 

そんなことばかり考えてしまう私にも

 

唯一なにも考えなくていい時間がある。

 

それは、本を読んでいるとき。

 

小さいときから小6まで

 

親から本の読み聞かせをされてきたせいで

 

過剰なほどに共感力が育ったと

 

ひそかに思っている。

 

 

くらい本を私が好むこともあって、

 

経験してもいないのに

 

結婚や出産や介護や子育てや老い

 

そんなことに、悲観的になって

 

勝手に社会に絶望するくらい

 

無駄なほどに神経が研ぎ澄まされることもある。

 

 

だから、個人的には

 

こどもへの絵本の読み聞かせは

 

ほどほどにして、一緒に

 

野原でかけまわったりしたほうが

 

頭でっかちな子供にならないような

 

気がしている。

 

 

 

高校のときに教科書で

 

夏目漱石のこころを読んでから、

 

くらい感情をぴたりと表現している本に

 

ずいぶん感動してしまってからは、

 

太宰治とか桐野夏生とか

 

人生のくらい部分ばかりを

 

なめるような本ばかり読んできてしまった。

 

 

最近は西加奈子さんの本ばかり読むのだけど、

 

これが、読みおわったあと、

 

サッカーの試合に出たりとか、

 

マラソン走ったくらいに

 

ぐったりとしてしまう。

 

 

くらい本ばかり読んでしまうせいで

 

私のなかには過剰な自意識や

 

世の中への絶望を先取りしてしまうクセが

 

さらに強化されてしまったように思うし、

 

そろそろそういう本からは卒業したいのだけど

 

やはり人生のくらい部分を

 

怖いもの見たさで覗いてしまう。

 

 

 

私はいつもいつも

 

自分の自意識やネガティブさに

 

振り回されて翻弄されて

 

本当に疲れてしまうのだけど、

 

くらい本を読んでいるときは

 

ものすごく安心できる。

 

先をみたい、次を読みたい、

 

その気持ちが押さえられなくて

 

むしろ文章をとばしてしまうくらい

 

ページをとばしてしまうくらいに

 

先を観たくて大急ぎで本を読むとき、

 

心から没頭できる。

 

 

 

自分のくらさに振り回されるけれど、

 

くらい本に出会って、自分のくらさを

 

代弁してくれるような表現に出会う、

 

その瞬間の嬉しさを味わいたくて、

 

よりいっそうくらい本を求めてしまう。

 

そして、くらい本を読むときが、

 

一番自分が興奮して、

 

集中して、

 

食べ物も飲み物もいらないくらい、

 

何かに没頭できる、

 

本当に数少ない時間だ。

 

 

 

自分のくらさや

 

ネガティブさをうっとうしく思う反面、

 

そのくらさによって

 

出会える本があったことが

 

とても嬉しく思う。

 

 

 

とりあえず今日は本を読みすぎて疲れたな。

 

仕事を辞めたら、毎日本が読みたい。

 

本を読むと現実に戻るのに

 

ちょっと時間がかかるので、

 

仕事の心配なんかせずに

 

いくらでも本が読める生活が

 

早くできるようになりたいな。