よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

悪口は気持ちいいけれど

教員のなかには、

 

時として信じられないタイプの人がいる。

 

まったく分掌に関わらない人、

 

保護者といつも揉めてしまう人、

 

授業が(生徒のせいではなく)崩壊している人など。。。。

 

おおむね、自己主張が強く、頑固で

 

絶対に自分の意見を変えることはしない。

 

協調性に著しく欠ける人たちだ。

 

 

 

そういう人は、異動してもすぐに噂が広まる。

 

教員の世界は非常に狭く、

 

教員同士の結婚も多いことから

 

配偶者同士で噂を共有し

 

有名な「ヤバい人」は異動してくる前から

 

情報が転任先の学校にすべて漏れている。

 

 

 

私の学校にも、4名ほどそういう人がいる。

 

職員室では、だいたいその4名の悪口が繰り広げられている。

 

私も、その4名のうちの1人のA 先生と仕事をしている。

 

この自己主張が苦手で気弱な私ですら、

 

A先生には激しい怒りと嫌悪感を抱く。

 

 

そして昨日、A先生の話になった。

 

A 先生はいつも会議に遅刻するのだが、

 

飲み会で会議をすっぽかした。

 

やらなければならない書類作成もしていなかった。

 

職員室では、

 

「本当にあの人ありえないんだけど」

 

「もう信じられない」

 

と非難轟々だった。

 

 

 

キラキラ・イケてる先生たちは、

 

「せかい工房さんも、よくA先生と仕事できるね!

 

すごくストレス溜まるでしょ!!

 

本当にせかい工房さんはよく頑張ってる!」

 

と声をかけてくれた。

 

私はキラキラ先生に話しかけられたことが嬉しくて、

 

一緒にA先生の悪口を言っていた。

 

そしたら、キラキラ先生ではない、

 

どちらかというと仕事ができないB先生がやってきて、

 

「ほんと、A先生って困るのよ。

 

この間もね、なんたらかんたら」

 

と、ここぞとばかりにキラキラ先生に話しかけている。

 

 

 

 

 

その光景を見て、

 

あー私やB先生みたいに、

 

日頃仕事がうまくまわせない教員は、

 

こういうときにしか

 

堂々とキラキラ先生たちに話しかけられないんだな~

 

 

っと思った。

 

 

醜い。その根性が。

 

 

 

A先生をダシにして、

 

キラキラ側に入ろうとしている。

 

キラキラ先生と気後れせずに対等に話せるのは

 

自分よりデキないヤバい先生の悪口のときだけか。

 

 

なんて自分は醜いんだろう。

 

 

 

人の悪口は楽しい。

 

それも、明らかにヤバい先生の悪口は。

 

私は悪者でなくて、

 

ヤバい先生が完全に悪者になってくれるから。

 

だから悪口は楽しいのだ。

 

ややもすると、エスカレートする。

 

A先生が些細なミスをしても、

 

こいつは責めていいやって思うようになる。

 

たぶんキラキラ先生が同じ間違いをしても、

 

A先生ほど責められることはない。

 

 

 

叩いてもいいと思った人を際限なく叩くネット社会みたいに、

 

ヤバい先生のすることは何から何まで悪口にしてしまうみたいに。

 

 

 

だからちょっと気持ちを立て直した。

 

 

 

A先生は、確かにおかしい。

 

私の怒りは正しい怒りだ。

 

それを、他の先生に愚痴るのもギリギリセーフ。

 

ただ、それをダシにして

 

キラキラ先生とつながろうという心根はおかしい。

 

教員同士の陰口には、なるべく関わらない。

 

自分から言わない。

 

 

 

 

「陰口を言わない人」というスタンスは、

 

私を必ず救うことになるだろう。

 

 

例えば、部活もちたくないとか、

 

定時で帰るとか、

 

担任したくないとか、

 

会議でややこしい案件通さないといけないとか、

 

そういう自分に不利な状況のときに、

 

「あの人は普段仕事してる」

 

「陰口を言わない」

 

「会議で通ったことに後から文句言わない」

 

といった人間的に正しいことをしていると、

 

まわりが味方してくれる率が高まるのだ。

 

 

よい子の私の処世術でもある。

 

自己主張できないし、弱いけれど 

 

他者からの攻撃を避けることができる。

 

 

 

でも弱いだけじゃ舐められるから、

 

筋の通ったことで自己主張することも

 

たまには大切。

 

 

 

A先生への文句はまわりの先生がたくさん言ってくれたので、

 

だいぶ気持ちが晴れた。

 

そして、仕事ができない私やB先生が

 

A先生の悪口を言ったことに

 

スーッとさめてしまったので、

 

この「さめ感」もきちんと覚えておこう。

 

仕事ができない私より、

 

あさましい私の方が嫌だ。