よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

稽留流産③ 手術前日

流産のこと、今後のことを話すため

 

救急でお世話になった総合病院へ。

 

つわりも徐々に収まりつつあり、

 

少し元気を取り戻してきた。

 

笑いながら話す余裕もある。

 

夫と手をつなぎながら院内を歩く。

 

前から歩いてくる患者さんや看護師さんが

 

ちらちらこちらを見る。

 

そりゃ30代の大人が病院で手つないでたら

 

びっくりするよなー。

 

でも許してほしい。

 

笑顔で話しているのも、

 

たぶんショックの反動で

 

変にテンションが高いからだし、

 

いい年して人前で手をつないでいるのは

 

そうしないと不安で仕方ないから。

 

 

 

診察室の前には、

 

おそらく10代で妊娠したのであろう女の子、

 

婦人科系の病気と思われる年配の女性などなど。

 

お腹が大きくて、単純に検診に来ている人は

 

いなさそうだった。

 

 

 

 

2時間ほど待って、呼び出しコールがなる。

 

担当の先生は、出血して救急で見てくれた女性の先生ではなく、

 

少しおどおどした感じの男性の先生だった。

 

でも、この人もとても丁寧に言葉を選ぶ人だった。

 

 

 

最初から夫にも診察室に入ってもらって、

 

もう一度、内診した。

 

死んだ赤ちゃんのエコーを見るのは2回目。

 

先生は、丁寧にエコーを見て、

 

「ここが頭、ここが足で、

 

大きさは2.13センチです。」

 

 

赤ちゃんが死んだって言われたときより、

 

1ミリ大きくなってるよ?

 

なんで?

 

と思ったけど、計測の誤差だろうし

 

無駄な希望なので黙っていた。

 

 

 

「エコーでは、心臓が動くと

 

赤い点が出るのですが、見当たりません。

 

おそらくこの間の内診の通り、

 

9週で亡くなっていたと思われます。

 

別の病院では心拍が確認できていたとのことですが、

 

9週をすぎると胎盤ができてきて、

 

赤ちゃん自身で心臓を動かしていく必要があります。

 

ですので、残念ですが

 

赤ちゃんが自分で心臓を動かす力が

 

なかったということだと思います。

 

妊娠のうち、流産する確率は15%で、

 

そのほとんどは妊娠初期に起こり、

 

原因は赤ちゃんの遺伝子の異常がほとんどです。

 

今回のケースは稽留流産です。

 

こう言ってはなんですが、

 

よく起こることで、母体に責任はありません。」

 

 

一つずつ、噛んでふくませるように、

 

簡潔で、でも冷たくない言葉で、

 

お母さんは悪くないんだよ、

 

とフォローするようにゆっくり説明してくれた。

 

先生は夫にもエコーを確認させ、

 

心臓が動いていないことを伝えた。

 

 

 

声をあげることはなかったけど、

 

静かに涙が流れた。

 

 

 

内診が終わって手術の説明をうけた。

 

 

子宮にとどまった赤ちゃんが

 

自然にでてくるまで待ってもいいし、

 

手術で出すこともできる。

 

どちらがいいか、選ばないといけない。

 

 

 

自然に出てくるのを待つ場合、

 

これまでネットで見てきた限りだと

 

いつどこで出血するかわからないし

 

ものすごい腹痛をともなう。

 

もし勤務中にそうなってしまったとしたら、

 

その場で冷静に対応できる自信は全くなかった。

 

 

 

私の母も一度流産していて

 

そのときは手術したと聞いていたので、

 

あまり深く考えずに手術をすることを選んだ。

 

 

お医者さんはちょっと困った顔をして、

 

「心拍が停止したかどうかは

 

エコーで絶対にわかるわけではなく、

 

とは言え、ほとんどさきほどの結果が

 

変わることはないのですが、

 

まだ待ちたかったら待ってもいいんですよ。」

 

といった。

 

 

 

胎児の大きさが変わっていたこともそうだけど、

 

お医者さんの見解に逆らってまで

 

希望をもつ体力も気力もなかった。

 

赤ちゃんが生きているかもしれない期待と

 

いつくるかわからない腹痛と流産に

 

1人耐える自信もなかった。

 

夫はそばにいてくれる。

 

夫は優しい。

 

でも、一緒にいるときに

 

自然に流産できるとは限らない。

 

流産も、手術も、出産も、

 

つわりも、不妊治療も、

 

支えてくれる人がいたとしても、

 

母体そのものに関することについて

 

決断すること、その結果を引き受けることは

 

自分にしかできない。

 

 

 

「手術します。」

 

 

お医者さんは、うなずいて

 

「では明日手術するので来てください。」

 

と言って、パソコンのカルテに

 

何やらいろいろ入力していた。

 

私と夫の位置からもその内容が見えるのだけど、

 

稽留流産 9週」

 

と書き込まれたときは、やっぱり悲しかった。

 

そして、カルテには前回の救急の診察時にみてくれた

 

女性の先生からの引き継ぎ事項が書いてあった。

 

 

「心拍停止確認後、泣き出す」

 

「ややパニック」

 

「前の診察では赤ちゃん元気だと言われたのに、と号泣」

 

「今後の話をできる状況ではなかったため、後日診察を予約するよう提案」

 

「本人の感情を配慮した対応が必要」

 

 

 

なんだか、

 

要配慮の生徒や保護者の引き継ぎみたいだな、と

 

少しおかしかった。

 

あと、私本人に丸見えなのもおかしかった。

 

 

 

診察が終わると、看護師さんが

 

「辛かったらね、いつでも...

 

感情を吐露していいですからね。」

 

たぶん、いつでも泣いていいですからね、

 

と言おうとしたのだろうけど、

 

子ども相手みたいな言い方になると思ったのか

 

少し言葉を選んで、泣いている私の背中をさすってくれた。

 

 

 

引き継ぎ事項がちゃんと引き継がれてるなあ~と思うおかしさと、

 

そういうベタな言葉かけが素直に嬉しかった。

 

みんな、優しかった。

 

 

 

静かに泣きながら診察室を出る。

 

待合室に妊婦さんがいたら

 

不安になってしまうだろうと思って

 

なんとか泣き止みたいという気持ちと、

 

いっそのこと、泣いて泣いて

 

みんなから優しくされたいという気持ちが入り雑じってしんどかったので

 

夫と手をつないですぐ診察室を離れた。

 

 

 

 

病院の中の食堂で夫と日替わりランチを食べた。

 

3階の大きな窓のある食堂で、

 

下の道路を走っているタクシーのおじさんが

 

ハゲているかハゲていないか当てるゲームをした。

 

おじさん、ごめん。

 

 

 

そのあと、何をしたか覚えていない。

 

その日の夜も夫に

 

「赤ちゃん帰ってくる?」と聞いて泣いた。