よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

生徒を見て泣ける先生になりたかった

私が副担任しているクラスの生徒が交通事故にあった。

 

わりと大きな事故だったが、

 

幸い生徒本人の無事が確認できた。

 

事故当日は担任がちょうど休んでいて、

 

私が事故の後処理や生徒対応をした。

 

生徒のなかにはショックを受けて泣き出す子もいた。

 

生徒のケアや説明などで

 

初めて副担任している生徒とたくさん話をした。

 

 

担任には私から逐一状況報告をして

 

情報共有をした。

 

大変な1日だった。

 

 

 

後日、クラスのみんなが集められて

 

ホームルームが開かれた。

 

 

 

担任の先生は1日ぶりに会う生徒、

 

クラス全員揃った生徒たちを見て

 

「ああ、みんな無事でよかった。

 

ほっとした。」

 

と言って泣き出してしまった。

 

 

生徒の緊張がふっと解けて、

 

「先生、かわいいなあ~」と女の子達が笑いだした。

 

私は、生徒を見て泣ける担任の先生が

 

とてもとても羨ましかった。

 

そしてちょっぴり悲しかった。

 

 

私が担任だったら、同じような気持ちになれただろうか。

 

ルールは守らない、

 

遅刻はする、

 

都合が悪いと教員を無視する、

 

自分の利益や権利ばかり主張する。。。

 

生徒のそんな姿だけしか私は見ていなくて

 

この4年ですっかり心が消耗していた。

 

 

 

 

先生が泣き出した後、

 

クラスみんなは笑顔だった。

 

 

 

いつも

 

泣かない、へこたれない、

 

強気で優しくて笑顔の先生。

 

さばさばしていて、

 

卒業式で泣きそうにないタイプ。

 

そんな先生が泣いたところを

 

初めて見た生徒たちは、

 

「この先生は自分達のことを

 

本気で思ってくれているんだ」

 

とわかった顔をしていた。

 

担任の先生の気持ちが

 

生徒に伝わったのがよくわかった。

 

 

 

その先生は

 

仕事もとても速いし正確だし

 

優しいし丁寧だし

 

さばさばしていて絶対に教員の悪口を言わない。

 

生徒に対する、鬱々とした愚痴も言わない。

 

そして定時に帰る。

 

私は、その先生のことを

 

「すごくいい先生だけど、

 

どこか割りきって仕事をしている人」

 

だと思っていた。

 

生徒を見て泣くタイプではないと思っていた。

 

 

実は仕事もバリバリできて

 

生徒思いの人だったなんて。

 

 

ああ、この人にはかなわない。

 

なんてかっこいい人だろう。

 

私は生徒に心を開けない。

 

生徒の身の安全を知って、

 

ほっとして泣くなんてできるだろうか。

 

 

 

最近、授業が少しだけ楽しい。

 

前より緊張しなくなってきた。

 

3年前の自分と比べたら、

 

ずいぶんいい働き方できてると思う。

 

 

 

でもそれは、

 

いつもおどおどしながら

 

生徒になめられないようにって頑張って

 

できないものを批判されない程度にコソコソ避けて

 

「前よりは苦手さが減った」レベルでしかない。

 

 

今日の担任の先生の涙は、

 

「積極的に仕事にコミットしてる」人がもつ

 

ポジティブさのあらわれなんだと思う。

 

そんなの、追い付けるわけない。

 

 

 

 

そう思うと、

 

「前より成長したような気がする自分」は

 

結局「楽しんで仕事する人」の前では

 

本当に本当にちっぽけなんだな、と

 

切なくなってしまった。

 

 

 

生徒を思うよりも

 

自意識にとらわれて身動きできない自分は

 

本当に先生に向いてないんだなと

 

しみじみ思った。

 

 

 

向いていなくても、

 

少しずつ変われるかもってどこかで思ってた。

 

でも、なんか無理そう。

 

あそこまでやれない。

 

心から生徒のこと心配できない。

 

私はいつも、自分のことばっかり。