よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

結婚に必要なのは妥協ではない

友達から相談を受けた。

 

「結婚したいけど、いい相手がいないからできない。

 

理想が高いのかもしれないけど、譲れない。」

 

 

その友達は、

 

「国公立大卒で、

 

自分と同じくらいの年収(600万)で

 

食べることが好きで話が合う人」

 

が理想だと言っていた。

 

私も婚活していたときにコラムなどで

 

「年収600万円以上の30代独身男性は数パーセントしかいない」

 

ということは本当によく目にしたし

 

狙っているゾーンがものすごい激戦区であること、

 

女性はどうしても年齢、容姿で判断されやすいことを照らし合わせて、

 

妥協しろと言われてしまう。      

 

 

じゃあ、相手を選ぶとき  

 

「こんな人とは、付き合いたくないけど

 

結婚するならこれくらいで我慢しないと」 

 

とか

 

「この人あんまり好きじゃないけど

 

この人でいいか」

 

と思いながら選べばいいのか?

 

絶対そうじゃない。

 

相手にも失礼だし、

 

自分が納得できてないことは後から絶対にひっかかってしまう。

 

 

 

結婚に必要なのは「妥協」ではなくて、

 

「自分軸で判断した条件」だと思う。

 

 

例えば、イケメンが好きだというのは

 

心のどこかに、

 

この人と歩いているところをまわりに見せつけたい!

 

という思いがあるからなのかもしれない。

 

「イケメンがいい」という条件は

 

容姿そのものではなくて

 

「他人に自慢できる人」という条件の可能性がある。

 

 

年収だって、職種だって、全部そう。

 

それはお金や仕事の条件のふりをした

 

「他人に自慢できる人」という条件かもしれない。

 

 

例えば、  

 

夫といるところを

 

誰にも見られることなく

 

その人の妻であることを公表することもないとして、

 

そういう状況でもその人を選ぶのか?

 

ということだと思う。

 

 

 

私はどうしても他人の目が気になるし

 

人からの評価もすごく気にする。

 

昔の私の場合、相手に求めるものは

 

「学歴」とか「話の面白さ」とか「海外旅行が好きなこと」だった。

 

 

 

でもよーーーーく考えたら、

 

ほとんどが

 

「友達に紹介するとき

 

この人変なやつ選んだなって思われたくない条件」

 

だった。

 

「友達に紹介する時に恥ずかしくないかどうか」が基準だった。

 

 

「学歴」の条件は

 

自分より学歴が下だと紹介するとき恥ずかしいから、だったし、

 

「話の面白さ」も、

 

大学のときの友達同士で結婚した夫婦で

 

二人の会話を聞いてるだけで楽しくなるようなカップルを見てきて、

 

それが本当に羨ましくて、

 

遅れて結婚するなら自分もそれくらいの人じゃないと見せられない、

 

と思っていたからだったし、

 

「海外旅行が好き」は

 

趣味を分かち合う夫婦って羨ましかったから。

 

 

 

晩婚になればなるほど

 

「あの人、ここで手を打ったのね」

 

と思われたくないがために

 

自分で判断した条件なのか、

 

他人に自慢するための条件なのか、

 

ごっちゃになって分からなくなってしまう。

 

 

 

私が年を取っていくうちに、

 

仲がいいと思っていた友達夫婦は

 

浮気やセックスレスを経験したし、

 

片方がうつ病になって

 

仕事を辞めた人たちもいる。

 

この夫婦たちは

 

それぞれお互いによりよい関係になろうと努力し、

 

今も結婚生活を続けている。

 

元々友人同士のカップルなので

 

相手をスペックだけで選んだわけではなかった。

 

だからこそ、難しい局面も協力して乗り切れたのだと思うし

 

二人の関係を豊かなものにしたいと

 

互いに努力ができたのだと思う。

 

でも、それはあくまでも私の見方であって、

 

本当はもっとつらくて厳しい道のりだったかもしれない。

 

今もなやみつづけているかもしれない。

 

 

 

こういうケースを見ていると、

 

自慢するために結婚するんじゃない、

 

自分自身の頭をつかって、

 

自分軸でよく考えて出した条件で相手を選ぶことが

 

一番大切なんだと痛感する。

 

 

私がかつて、羨ましくてたまらなかった夫婦も

 

いろんな経験をつみ、見えないところで努力し、

 

時間を重ねているのだ。

 

 

 

お金も、顔も、収入も、

 

今はよかったとしても

 

人生何があるかわからないから

 

それらが本当に自分が望む条件なのか

 

他人に自慢するための条件なのか

 

よく考えた方がいい。

 

 

 

最終的に私が結婚相手に望んだ条件は

 

適応障害やうつに偏見のない人」

 

「気持ちが安定している人」

 

「毎日そばにいられる人」

 

だった。

 

毎日そばにいられる、というのも、

 

考え方によっては

 

私がリモートワークで生きていく術を身につければ

 

相手が転勤族でもついていくことができる。

 

そして、今、夫によって精神的に安定できた私は

 

夫以外にもたくさん頼れる人を作ろうとしているし

 

ストレスのもとである

 

自分のプライドの高さ、

 

それによって苦しんでいる仕事とか、

 

身の回りの人生の構成要素を  

 

本来の自分に合うように

 

もう一度選び直し、カスタマイズしている。

 

夫がもしうつになって、

 

「気持ちが安定している」という本来の結婚の条件と異なったとしても

 

強くなった私なら、

 

いろんなものを頼りながら

 

今度は夫を支える側にまわってあげられるだろう。

 

 

 

 

本当に心からハイスペック好きの人なら

 

もうそれを貫くのもひとつの手だけれど、

 

「本当にそれ、自分にとって必要な条件?」

 

と考えてみてほしい。

 

コンプレックスやプライドで

 

「自慢するための結婚条件」を

 

知らず知らずのうちに設定しているかもしれない。