よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

自分に対して正当な理由がないと休めない

二学期も始まってしばらくたち、

 

文化祭がよくやく終わりました。

 

疲れた.....

 

文化祭準備のため、

 

授業がカットになる日もあり、

 

私はずいぶん楽させてもらいました。

 

 

ところが、楽になったはずなのに

 

やはり定時で帰れません。

 

授業がないのに、

 

定時で帰れないのです。

 

 

 

どうやら、私は定時で帰ったり、

 

仕事を休んだりするときに

 

「誰がどうみても休まないといけない理由」や

 

「仕事をたくさんこなして疲労感いっぱい」

 

という条件がないと

 

定時で帰れないようです。

 

 

 

今日も、明日の授業準備はできていたのに

 

気づけばこんな時間まで働いている。

 

 

 

自分に対して、

 

定時で帰るのにも言い訳が必要なのです。

 

 

 

「今日、頑張ったな。

 

本当に疲れたな。」

 

 

という感覚がないと、

 

早く帰るのにも罪悪感があります。

 

へとへとになってようやく、

 

自分に休憩の許可をあげられる。

 

 

 

これは、あまりよくないこと。

 

 

生産性がないまま、

 

残業したことそのものを

 

「仕事した」と勘違いしている人と同じ。

 

 

 

強制的に誰かが連れ去ってくれたら、

 

休めるのに。

 

 

 

これは、やっぱりまだ自分の

 

「決める」力が足りないからだと思います。

 

 

「今日はここまでやって帰る」

 

「中途半端でも定時で帰る」

 

「誰かに仕事できないやつと思われても

 

自分のことは自分で意思決定する」

 

 

 

休むのには、決める力が必要。

 

 

 

休むために正当な理由がないと

 

どこまでも働いてしまいそうになるのは

 

決める力のなさと

 

他人軸の思考が抜けないから。

 

 

 

 

いいんだよ。

 

早く帰っていいんだよ。

 

激務じゃないと成長できないとか

 

思わなくていいんだよ。

 

成長は、あくまでも結果としてついてくるもの。

 

成長のために体を壊す必要はないし

 

体を壊さないと成長できないわけじゃない。

 

 

 

 

そう言い聞かせて

 

今日は仕事を切り上げた。

 

 

 

 

もう少しで、何かわかりそうな気がするのに。

 

自分のしっくりくる心構えや

 

生きていく上でのスタンスが

 

もう少しで手に入れられそうな気がするのに、

 

今日もうまくつかめずに

 

だましだまし帰宅する。

 

 

 

急に性格は変えられない。

 

でも、新しい考え方を付け加えたり、

 

習慣を変えることはできる。

 

 

 

もう少しで、無理のない

 

自分にしっくりくる考え方ができそうなのに。