よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

妊娠していれば過ごすはずだった日々

あと2ヶ月で、予定日になる。

 

流産していなければ、

 

赤ちゃんが産まれたであろう日が近づいてくる。

 

 

 

もし流産していなければ、

 

今ごろは産休真っ只中で

 

大きなお腹をかかえて

 

保育園のことやら産院のことやら

 

「今」「未来」を見つめるので

 

精一杯だったと思う。

 

 

 

妊娠するまでの私は、

 

完全に「過去」にとらわれる人間だった。

 

過去のことを後悔したり

 

自分のダメなところや

 

至らないことばかりを見つめ、

 

自意識とプライドで苦しんできた自分が

 

こうして前向きに生きられたことは

 

本当に幸せだったし、

 

本当に楽しかった。

 

つわりもあったけれど、

 

かえって「今」を見つめることになり

 

自分自身のことを考える暇もなかった。

 

妊娠は、私を連休最終日の夜のつらさや

 

絶望でいっぱいの日曜日から救いだしてくれた。

 

 

 

 

 

 

今は、ただただ、仕事がつらい。

 

連休最終日の夜、

 

日曜日の夜がつらい。

 

 

 

前にもブログで書いたけれど、

 

流産で一番辛かったのは

 

赤ちゃんが死んだことよりも

 

「今」「未来」だけを見る生き方から

 

もとの後悔ばかりする自分に

 

戻ってしまったことだったのかもしれない。

 

もっとはっきり言うと、

 

仕事を休む正当な口実を失ったことが

 

ショックだったということ。

 

こんなことを言うのは本当に勇気がいる。

 

不妊治療をしている人、

 

子どもがほしくてたまらない人には、

 

我慢のならない言葉だと思う。

 

でも、これが私の正直な気持ち。

 

 

 

結婚を決めたのも、

 

日曜日の夜に一人でいたくなかったから。

 

仕事に行きたくなかったから。

 

創価学会の彼と結婚を決めたとき、

 

友人にこの話をすると

 

「それ、仕事やめたらいいんじゃないの?」

 

と言われたことを思い出す。

 

「あなたは、

 

穴の空いたドラム缶に水をためようとしてるの。

 

入れても入れても水はどんどん出ていくから、

 

上から大量に水を入れようとさらに無理をする。

 

でもさ、その穴の空いたドラム缶を代えない限り

 

問題は解決しないんだよ。

 

穴の空いたドラム缶は、

 

あなたの仕事のこと。

 

結婚して気持ちをまぎらわせるんじゃなくて

 

根本的なところを対処したほうが

 

いいと思うんだけど。

 

結婚て、一生のことだよ?

 

創価学会のこと、詳しく知らないけど

 

あなたはどうしても

 

その人と結婚したいって思ってるの?」

 

 

 

 

この話は、

 

いまだに私の心に刺さったまま

 

忘れることができないでいる。

 

 

 

結婚したけど、

 

仕事の嫌さを麻痺させるために

 

彼を利用してるだけなのか、とか

 

彼と考えていることや趣味が合わないときに

 

やっぱり結婚は間違いだったんじゃないかとか

 

いろいろと考えてしまう。

 

だって、

 

結局結婚したところで

 

やっぱり日曜日の夜は辛い。

 

今はまだ新婚だから、

 

結婚という非日常で辛さが麻痺しているけど

 

そのうち結婚が日常になっていったら

 

同じ問題で悩むのは目に見えている。

 

 

 

一度薬物を使用したら、

 

どんどん強いものを使わないといられないように

 

私も次から次へと

 

新たな刺激を求めないと

 

日曜日の夜を過ごせなくなるんじゃないだろうか。

 

 

 

結婚という麻薬を手に入れて、

 

それが効かなくなってきたから

 

あらたに妊娠という新たな麻薬に

 

手をつけずにいられなくなっているのかも。

 

子どもが産まれて、

 

長い長い子育てが始まったら

 

それが日常になり、

 

赤ちゃんの頃のかわいさがなくなって

 

思春期の難しい時期にさしかかってきたら

 

私はまた新しい麻薬を求めて

 

何か後戻りのできないものに

 

手をつけてしまいそうだ。

 

 

 

 

 

稽留流産の手術が終わってから、

 

3回ほど排卵に合わせてタイミングをとっているけど

 

結果は全部だめだった。

 

 

 

たった3回じゃないかと思うけれど、

 

この3回が4回目で報われる3回なのか、

 

これから40歳まで、妊娠できずに

 

トライし続けたうちの最初の3回になるのか

 

そんなのは誰にもわからない。

 

 

流産だって、

 

これが1回の流産なのかもしれないし

 

今後の3回連続流産の最初の1回かもしれないのだ。

 

 

(実際にそういう女性はたくさんいる。)

 

 

 

もし、妊娠継続できていれば

 

手に入れられたはずの未来を思いつつ、

 

こんなふうにグチグチ考え事をしている。

 

でも、単純にそれが

 

仕事からの逃避でしかないのも

 

どこかでわかっている。

 

 

 

 

 

逃避とわかりながら、

 

やっぱり妊娠していた頃が懐かしくて

 

楽しくて、幸せで、

 

私の嫌いな私を見なくてよかったから、

 

もう一度妊娠したいと思ってしまう。

 

 

 

 

この学校にいる間、私の記憶が途切れ、 

 

もう一人の私に交代してほしい。

 

その間の記憶はなくてもかまわないから、

 

私の意識が眠っている間に

 

3年くらい経過していてほしい。

 

 

そう夫に愚痴をはくと、

 

「えー!じゃあその間にあった

 

楽しいこととか味わえないじゃない!」

 

と言っていた。

 

 

 

いいの。私、どんな楽しいことがあっても

 

どうせ仕事があるって思うだけで

 

楽しめなくなってしまうだろうし

 

記憶を取り戻してから

 

同じ楽しいことを繰り返すから。

 

もし、その時にしか味わえない

 

人生最高の素晴らしいできごとがあったとしても

 

私は今の学校にいないといけないなら

 

記憶はいらない。

 

 

 

 

そう言うと、夫はとっても悲しそうにしていた。