よい子のやめ方〜高校教員をやめるまでの道のり〜

よい子の人生を送ってきたけれど、ふとこのままでいいのか悩んだあなたへ。一緒によい子をやめる練習しませんか?

「あなたにいてほしい」と言われたら

人事面談が終わった。

 

異動希望をうまく伝えられたと思う。

 

校長は、

 

「生徒からの授業の評判もいいし、

 

仕事も分掌で頼りにされていますね。

 

うちの学校に残ってほしいと思っています。」

 

と言った。

 

 

正直、嬉しかった。

 

 

私は、誰かに必要とされているんだという喜び。

 

 

復職してから、

 

ここまできたぞ、という思い。

 

 

私はこの学校にいていいんだ、という気持ち。

 

人は助けられてばかりでは生きていけない。

 

誰かに貢献しているという気持ち、

 

ここで役に立てているという気持ち、

 

誰かのために何かできているという気持ちは

 

仕事をする上でなくてはならないものだと思う。

 

 

 

 

でも気を付けなくちゃ。

 

私はよい子だから、

 

「頼まれたら頑張らなくちゃ!」

 

と思ってしまいがち。

 

期待に応えなくちゃ、と思ってしまいがち。

 

 

ある同僚は、この学校を

 

「泥舟」と言った。

 

学校経営もガタガタだし、

 

理想もないし、

 

校長に管理職としての能力かない、

 

ということらしい。

 

私はそもそも

 

自分の授業や部活のことで

 

自転車操業だし心もいっぱいいっぱいだし

 

この学校の未来のことなんて

 

考えられない。

 

わかるのは、明日の授業のスライドを

 

早く作らなくちゃ、とかそんな

 

目先のことばっかり。

 

泥舟なのかどうか

 

考えたこともなかった。

 

 

 

夫に

 

「校長先生に誉められたよ」

 

って言ったら

 

「それ、おだてて繋ぎ止めようと

 

してるんじゃないの??」

 

とばっさり。

 

 

 

確かにそうかも。

 

 

 

泥舟からみんな逃げようとしているとき、

 

おだてれば騙されて残るやつがいる。

 

私はそう思われているのかな。

 

 

 

 

でも、今はいい評価をもらったって思いたい。

 

 

だって、

 

復職してからずっと、ずっと、ずっと、

 

私はこれで正しいのかわかなかったから。

 

誰かに評価してほしい。

 

自分で自分を肯定するのは難しい。

 

 

私は、客観的に評価され、

 

ほめられることに飢えていたから。

 

 

 

ここで少しだけ自信をつけたら、

 

あとは少しだけドライになって

 

自分の仕事は自分で選ぶ、

 

自分軸で判断するように気を付けよう。

 

 

 

気を付けるから、気を付けるから、

 

今日だけは

 

ほめられたことに浸っていたい。